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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

10月3日。マドリッド。晴れ。

マドリッド滞在3日目にして、初めて青空がのぞいた。そこで今まで原稿を書いたり、メールでアポイントを入れていた薄暗いホテルの部屋を出て、散歩に出かけた。

目的地もなく、文字通りブラブラ歩いていると、白い荘厳な建物を控えた美しい広場にたどりついた。周りにはオープン・カフェ。僕が大好きな、ピープル・ウェッチングするには最適な場所だ。

ランチも兼ねて2時間ほどいたカフェを後にして、広場に入ったところで、その事件は起きた。

小太りの男が寄ってくる。マップを手にした、いかにも観光客然としたやつである。話を聞くと、自分はローマから来たが、この辺の地理がわからない。マヨール広場までの行き方を教えてくれ、という。また、自由時間があと2時間しかないが、どこか絶対行っておいた方がいい観光の名所はないか、とも言う。

自分もただのツーリストなのでわからない、という旨を伝えると、じゃあ広場にある像といっしょの写真を撮ってくれ、という。断る理由はないので応じる。すると、もう1カ所、写真を撮ってほしい場所がある、という。その像からほんの20メートルぐらいの場所だが、低木の裏で周囲からは死角気味である。

これはもしかすると…

とはいえ、周りには観光客があふれている。まぁちょっと頼りないイタリア男が、本当に写真を撮ってほしいだけかもしれん。そう思ってもう1枚撮ると、後ろから二人組みの男たちが。頼まれもしないのに、いきなり身分証明書(らしきもの)を見せながら、「パスポートのチェックをしている。見せてくれ」。

きたきた、これが噂のニセ警察官だ!

このまま無視して10メートル歩いて衆人環視の場所に出ようかとも思ったが、ふと「こっちは完全に向こうの芝居を見抜いているわけだし、どう出るのか見てみたい」という衝動が勝ってしまった。幸い、こういうこともあろうかと、財布のお札はすべてポケットに入れてあるし、パスポートは持ってないが、財布の中にアメリカの免許証があるから、身分証明に関しては、強く出れば問題ないはずだ。

そこで、観衆として、この芝居の続きを見ることにした。

ニセ警官はまず、イタリア男に身分証明書の提示を要求する。やつはイタリア人(ほんとかどうか知らんが)なので、財布に入っているEUの身分証明書を提示する。きっと、僕を安心させるための芝居なんだろうな、結構凝っているな、と感心した。次は僕の番だ。

ニセ警官「お前のパスポートは?」
nob「パスポートはホテルに預けてある」
ニセ「そりゃ問題だぞ」
nob「でも免許証があるから問題ないだろ。ホラ」

ニセ警官たちは、明らかに多少の落胆を表情に出していた。日本人だと確信して始めたのに、アメリカの免許が出てきたからだろう。しかし、さすがはプロ(?)。めげずに芝居を続けた。

今度は例のイタリアン君に対して「偽札を探している。財布を見せてくれ」。いよいよ今回のメインだ。

いきなり偽札を探していると言うと、さすがに無防備な日本人でも警戒すると思って、これだけの前準備をするようにしたのだろう。敵(?)ながら、なかなかクリエーティブであっぱれだ、と心で思いながら、いよいよ芝居の終幕に向けた演技を観ることにした。

イタリア男は、出すのが当たり前、という感じで財布を出してニセ警官に渡す。ニセ警官は、警官らしく公明正大な感じで財布をあけ、堂々と紙幣を取り出す。イタリア男、けっこう紙幣を入れている。いろいろな額面で合計10枚以上もある。ニセ警官は、紙幣に対して、わざとらしいぐらいクリアな動作を繰り返したあと、紙幣全部を財布に戻した。

ああ、この動作で、安心させるために、ここまでの全部の演技があったんだ!相当、相手の心理を考えている。けっこういい脚本書けるかもしれない。

もちろん、僕がこんなことを考えているとは露知らず、ニセ警官は(とうとう!)僕に向けて言った。「今度はキミの番だ」。