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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

この前ニューヨークで、久しぶりにカカクコムのCTO/COOやOpen Network LabのCEOなどデジタルガレージ・グループの要職を歴任された安田さんにお会いしました。彼はサンフランシスコに来て5年目、私はニューヨークに来て3年目と、お互いに前回に会った時とは住んでいる国が変わっているだけでなく、勤めている会社も当時から変わっていたんですが、お互いに変わらずにテック業界が好きでアメリカに来てしまうというのは、私たちの世代でインターネットに魅せられた人たちの共通項なのかもしれません。

さて、安田さんが最近「A guide to Marketplaces (マーケットプレイス・ガイドブック)」を日本語訳したとのことです。

A Guide to MARKETPLACESの日本語訳

このガイドブックを翻訳してみようかな?と思った理由は、インターネットのマーケットプレイスのことが体系立てて書かれていて、どういった市場を狙うべきか?それはなぜか?マーケットプレイスを立ち上げ育てる方法、どのKPIに固執すべきか等、事例を含めて分かりやすく解説されています。

「マーケットプレイス」は、20年以上前のインターネット・ビジネス黎明期からインターネット上でビジネスをする上で避けては通れない概念でした。マーケットプレイスのビジネス構造を把握しておくことは、自分たちのビジネスの立ち位置を客観的に見るために、今も不可欠でしょう。

実際、シェアリング・エコノミーの代表格であるUberやAirBnBなどは「新しいタイプのマーケットプレイス」の代表格として、本書では「オンデマンド・マーケットプレイス」として紹介されています。

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私は1990年代後半の「ドットコム・ブーム」のころに、シリコンバレーのインターネット・スタートアップを取材していました。当時は、多くのスタートアップCEOがビジネススクールの卒業生だったので、彼らと会って話をしているうちに、「彼らがスタートアップする背後にある理論とモティベーションを知るには、自分がビジネススクールに入って彼らの予備軍と一緒にすべてを体験してみるのが一番である」という結論に達して、2000年夏からCarnegie Mellon大学のビジネススクールに留学しました。

当時のインターネット・ビジネスで、最も持てはやされていたビジネス・モデルが「Internet Exchange(インターネット取引所)」というもの。ンシューマー向け取引の「B2C」やビジネス間取引の「B2B」という言葉が日本でも普通に使われるようになったのが、この頃だったと記憶しています。「マーケットプレイス」という言葉は、「取引所」の概念を発展させ、取引所が扱うマーケット(市場)までを包含させたものと言えるでしょう。

「細分化された市場を狙え」

Carnegie Mellon留学中に取っていた起業やインターネット・ビジネスに関する授業で、よく記憶に残っている英単語の一つが「Fragmented(細分化された)」です。問題解決型のインターネット・スタートアップが狙うべき市場の条件、それが「その市場がどれだけ細分化されているか」ということだったのです。

マーケットプレイス・ガイドブックを読み進めてみると、9ページ目の「正しい市場を選択する」の最初の項目が「すごく細分化されている市場(英文では「High Fragmentation)」となっています。15年たってもビジネスの本質は、それほど変わらないということです!

マーケットプレイス・ガイドブック日本語訳

正しい市場を選択する

Benchmark Capital のビル・ガーリーは、どんな市場がマーケットプレイスに最も向いているかに関する明解なブログを書いています。: "全てのマーケットが同じ条件下で作られているわけではない:デジタルマーケットプレイスを評価する上での 10 の要素" ビルは、記事中で 10 つの要素について書いていますが、我々は、以下の 5 つが最も重要であると考えています:

1. すごく細分化されている市場

多くの売り手と買い手がいる市場ほど、マーケットプレイスをスタートしやすいでしょう。売り手の数が少ない場合、彼らはミドルマンを歓迎しないでしょうし、手数料を払いたいとも思わないでしょう。(手数料が低くなる)売り手と買い手が多い細分化された市場においては、お互いを探したいというニーズがあるので、マーケットプレイスの価値が発揮されます。

米国に留学するまで「fragmented」という言葉は使ったことがなく、この形容詞の名詞形である「fragmentation」も、ハードディスクの利用領域が「断片化」されていることを説明されるときに聞いたことがあるぐらいでした(Windowsの「デフラグ」というツールは、「disk fragmentation」を解消するためのもので、英語では「Disk Defragmenter」というそうです)。

私がニューヨークで取り組んでいる事業であるFabFoundryMonozukuri Bootcampですが、これもニューヨークの中に偏在しているハードウェア系スタートアップや、モノづくりクリエイター(メイカー)という「細分化された市場」をターゲットにしています(ニューヨークと日本を「モノづくり」で繋ぐ「Monozukuri Bootcamp」)。

「ネットワーク効果とバイラリティを取り違える罠に陥らないように」

マーケットプレイス・ガイドブックには、他に目を引く項目がいくつもあります。例として「ネットワーク効果とバイラリティの違い」(17ページ目)を見てみましょう。

ネットワーク効果とバイラリティの違い

一人のユーザから他のユーザへ情報が瞬く間に共有される場合や、利用率の高まりがさらなる利用を促進する場合、バイライリティがあると言います。つまり、より多くのユーザが利用を始めるほど、(ある上限まで)プロダクトの成長が早くなります。

ネットワーク効果とバイラリティは、多くの場合同時発生的です。ただし、ネットワーク効果のあるプロダクトのすべてがバイラルというわけではありませんし、バイラル効果のあるプロダクトの全てがネットワーク効果を持ち合わせているわけでもありません。例えば:

  • マーケットプレイスの多くは、ネットワーク効果がある場合でもバイラリティが低いです。インセンティブを使ってある程度のバイラリティを起こすことは可能なものの、売り手と買い手の両面性のあるネットワークの場合、どちらか一方からの招待や働きかけによってもう一方がプロダクトを使いはじめることを頼りにする訳にはいかないでしょう。
  • ニュース、ゲーム、コミュニケーションプロダクトは、バイラルな製品ですがネットワーク効果を持っていません。

全体が62ページもあり読み応えがありますが、電子書籍だと思って通勤・通学の移動中にでも読んでみてはいかがでしょうか。