ニューヨークはハードウェアスタートアップに向いた街。ここでエコシステムの整備に貢献していきたい(FabFoundryって何?パート3)
2017年01月04日
ここまでシックス・アパート出身の関が、なぜ米国でハードウェアスタートアップを支援するビジネスを立ち上げたのか説明してきました。(FabFoundryって何?パート1)(FabFoundryって何?パート2)
今回は、なぜシリコンバレーではなくニューヨークなのか、また具体的にどういう事業を展開しているのかお話していきます。
エコシステムが未整備なニューヨーク
ハードウェアスタートアップを支援するビジネス、というと「なぜシリコンバレーじゃなくてニューヨークなのですか?」と聞かれることがあります。確かにスタートアップといえばシリコンバレー。それは多くの方が抱いている印象でしょう。
私がニューヨークをFabFoundry起業の地としたのは、次の理由からです。
1: アメリカ第1の都市で、クリエイターが多い
スタートアップを支援するには、当然スタートアップが多くいる場所でなくてはいけません。どこにいけばスタートアップと出会えるのか。スタートアップは誰がやっているのか。そうやって考えていくと、スタートアップを始めやすい若者が多い街、ニューヨークに自然に行き着きます。
ニューヨークは米国で一番大きな都市圏(人口2,000万人ほど)で、市内には100以上の大学があって、有名なデザインスクールもたくさんあります。「デザイン」と聞くと「2次元のグラフィックス」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ハードウェア製品の設計や試作に、3次元(3D)デザインの知識は不可欠です。毎年、4万人近いデザイン系や工学系の大学生が卒業するニューヨークは、ハードウェアスタートアップにとって「喉から手が出るほど」欲しい人材の宝庫と言えます。
しかし彼らの大部分は大学を卒業すると、大企業のクリエイティブ部門や広告代理店、ファッション業界などに就職します。多くの若者は「本当はスタートアップに入りたいのだが、なかなかチャンスがないので、仕方がなく大企業に入った」と口を揃えます。もっとスタートアップを始めやすいエコシステムができれば、クリエイターが多く集まるニューヨークという場所は、魅力的なハードウェアスタートアップを数多く生みだすことでしょう。
2: エコシステムがシリコンバレーほど完成していない
ニューヨークはスタートアップが生まれやすい環境でありながらも、まだシリコンバレーほどスタートアップのエコシステムが整備されていません。エコシステムの話については、前回の記事も合わせてご参照ください(2回目リンク)。エコシステムの一部を担うプラットフォームを作っていく私からすると、すでに完成度が高いシリコンバレーに入り込むのは大変ですが、エコシステム拡大の伸びしろのあるニューヨークであれば、創意工夫で入っていける可能性はまだ十分あると考えています。
3: 実は全米で2番目に大きなスタートアップの街
あまり知られていませんが、実は、ニューヨークは米国で2番目に大きなスタートアップの街です。全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)の最新の調査によると、2015年のスタートアップへのVC投資金額ベースでシリコンバレーが272億ドルで1位、ニューヨークが70億ドルで2位、ボストンが56億ドルで3位となっています。ニューヨークとボストンは2位争いをしていましたが、少しずつ差が開いてきています。
ニューヨークのスタートアップといえば、メディア/広告や、最近は金融技術=フィンテックという印象をお持ちの方が多いと思います。しかし、ハードウェア専門のベンチャーキャピタル(VC)であるボストン拠点のBoltによると、2015年のハードウェアスタートアップへの投資額は、ニューヨークが4億ドル強であるのに対してボストンは2億ドル強と、約2倍の開きがあります(関連記事: 米国でハードウェア・スタートアップへの投資が倍増)。
ハードウェアスタートアップへの投資額1位のシリコンバレーは12億ドルと、ニューヨークの3倍の規模がありますが、全分野でのVC投資額を比較すると、2つの地域の差は4倍近いので、ハードウェアスタートアップの分野ではニューヨークが健闘しているのが分かります。
ハードウェアのための製造コンサルティングサービス
FabFoundryは自らがハードウェアスタートアップと日本の製造業をつなぐプラットフォームになり、パートナー企業と一緒にスタートアップにとって不可欠なサービスを提供します。製造コンサルティングサービスもその一つです。現在は電話やテレビ会議、対面での打ち合わせなどオフラインでスタートアップを支援するのみですが、近いうちにオンライン型プラットフォームを構築し、より利便性の高いオンラインコンサルティングを開始予定です。
スタートアップは、日々の業務で発生する数々の問題と向き合いながらビジネスを大きくしていくものです。こうした問題の中には自分たちで解決できるものもあれば、経験者ではないと解決できない厄介なものもあります。問題を解決に導けるようにパートナーと共同で立ち上げるさまざまなサービスを通じてハードウェアスタートアップをサポートするのが、当社のプラットフォームの役割です。
特にオンラインプラットフォームは、立ち上げ間もないスタートアップでも使いやすいように、利用料を低め(予価99ドル/月)に設定します。この利用料には、「塗料に関して質問がある」など、日常的な質問を、気軽に当社の製造コンサルタントに問い合わせできるサービスや、部品のサービス取り寄せサービスなどが含まれる予定です。また、量産体制を整えるために工場を探してほしい、プロジェクト管理をお願いしたいといった具体的な相談も、プロジェクト単位で見積もり、個別のサービスとして対応していく計画です。
ウェブ上には、さまざまなQ&Aサービスがあり、検索エンジンを使えば無料で問題解決することも可能です。しかし、実際にNYDesignsで実施した、ハードウェアスタートアップへの個別インタビューでは、ウェブの検索で回答を見つけるために労力を使うのではなく、ウェブで専門家を見つけてメールや電話をして、有償でサービスを受けようとする人が多いという結果が多数見られました。さらに、有償でサービスを受けようと思っても、メールや電話の返事がなくて、結局あきらめることが多く、そのことが大きなフラストレーションになっていることも分かっています。
製造コンサルティングサービスの使いみちは色々ありますが、基本的には米国のハードウェアスタートアップが製造・量産をする上でぶつかる数々の問題や相談事に、日本の製造業者が答えていくものです。当社は、質問者と回答者のマッチングをはじめ、コンサルティングがスムーズに行くような仕組みを提供します。
5〜6社のハードウェアスタートアップを年2回、日本に送り込む
当社がオフライン・プラットフォームを通じて提供するものとしては、2015年夏から始めたハードウェアスタートアップ向けのアクセラレータプログラム「Monozukuri Bootcamp」があります。これは、京都を拠点にするMakers Boot Camp(量産のノウハウと製造パートナー企業の紹介に特化したアクセラレータプログラムを運営)と共同で行っているもので、ニューヨークで活動するハードウェアスタートアップを毎回5〜6社を年に2回、Makers Boot Campがある京都に約2か月、送り込むというプログラムです。Monozukuri Bootcampに参加するスタートアップは、Makers Boot Campが運営するハードウェアスタートアップ向けファンドから、1社あたり10万ドルほどを出資する計画です。
ただアクセラレータへ参加を希望するスタートアップの中には、日本に2か月も滞在すると米国での既存業務に支障をきたすなどの理由で参加を見送るケースがあります(2016年夏のときにも、多くのスタートアップがこの理由で参加を断念しました)。今後こうしたケースは、ファンドから出資しつつ、FabFoundryのオンラインプラットフォームを使って、製造コンサルティングサービスの一部として、Makers Boot Campの量産のノウハウや製造パートナー企業の紹介を受けるサービスを提供していく考えです。
Makers Boot Campは、京都にある 「京都試作ネット」を通じて、機械・金属・樹脂・ゴム・システム・基板などの試作加工に特化したソリューションを提供する100以上の企業と連携しています。当社のプラットフォームでも、京都試作ネットがネットワークしている企業に、試作や量産の管理を依頼できるようにするため、協力関係を深めているところです。
京都⇔ニューヨーク間でモノづくりのオフラインパートナーシップ
オフラインのプラットフォーム強化も計画しています。モノづくりの現場では、ネットを介したやり取りだけではスムーズに意思疎通が図れないことが多々あります。対面で会うことによって、新しいアイディアやイノベーションが生まれる「オープンイノベーション」のための土壌になることも期待できるからです。
現在、Makers Boot Campが京都市、FabFoundryがニューヨーク市にあるので、この2都市間でモノづくりのパートナーシップを結ぶための交渉を始めています。都市間パートナーシップで実現したいことはいくつもありますが、一番進めたいのは目的を持った人材交流の活性化です。
すでに物理的な拠点としては、ニューヨーク側はハードウェアインキュベーター施設であるNYDesignsと提携しており、京都側もMakers Boot Campがいくつかの施設と連携して、ミートアップをすべて英語で実施するなど、オフラインプラットフォームとして機能し始めています。2都市が正式なパートナーシップを結ぶことで、「日本のモノづくりを学ぶために京都に行く」「日本のモノづくりの技術を生かして、ニューヨークのスタートアップで新しい製品を世界に送り出す」といった目的意識を持った交流を、地方自治体が支援する仕組みができれば、双方の都市にとってプラスの効果が得られますし、結果としてハードウェアスタートアップのエコシステムが拡大するはずです。
ニューヨークでは近年、日本の文化やユニークなモノづくりに対する興味・関心が高まっています。日本の伝統的な工芸品や製造技術などを、日本に行って勉強したいという若い人も数多くいます。逆に日本の製造技術を生かしたスタートアップを立ち上げるのに、どうせなら日本より大きな市場を狙える米国に移りたいというニーズもあるはずです。
このように「日本のモノづくり」というテーマに絞って人材交流が進めば、日本が米国に向けてサービスを提供する上で大きな課題である「英語によるコミュニケーション」を図れる製造関係者のコミュニティが、お互いの都市で育っていきます。それは最終的に、日本と米国の2国間の製造業における連携にとって大きなメリットになるでしょう。
すでに動いている『Monozukuri Bootcamp』を通じて毎年20〜30人の米国スタートアップが日本の製造業と人的ネットワークを持つようになりますので、2都市間のパートナーシップでも毎年10人くらいずつが交流できるようになれば、10年で500人規模のモノづくり人材が、京都とニューヨークの間を行き来することになります。これはハードウェアスタートアップのエコシステムとしては、大きな資産になるはずです。
ハードウェアスタートアップのエコシステムができた時、ニューヨークから日本に来て経験を積んだ人、それから日本からアメリカに来てそのまま残った日本人技術者が、ニューヨークのエコシステムの中核部分の一つである「量産」のインタフェースを担っていくことでしょう。そうすれば、製造・量産における日本と米国との結びつきは、さらに強まっていくのではないかと考えられます。
米国人の目から見た日本の「良いところ」をもっと発見する
ニューヨークにわたってきて3年弱。東京出身で、米国と言えばシリコンバレーに訪れるばかりだった自分が、まさかニューヨークと京都のパートナーシップに奔走することになるとは予想だにしていませんでした。
私自身、今後のプラットフォームの構築と運用は、日米のオンライン/オフラインにまたがったもので、今までの人生にはなかった非常に大きなチャレンジになるだろうと感じています。一方で47歳にしてこのようなチャレンジをできる環境に身を置けることには、普段から支えてくれている家族や仕事仲間、同僚や元同僚や単なる友人まで、ただ感謝するばかりです。
まだスタートしたばかりのビジネスですが、自分が生まれ育った日本への恩返しも兼ね、このビジネスを成功させたいと考えています。最初は京都など関西圏から始めますが、日本中の製造業との方々とのネットワーク作りに挑戦していく予定です。
もし今回の記事を読み、FabFoundryの事業に興味を持って頂けた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にご連絡いただければ幸いです。
私は1月4日から、ラスベガスで開催される『CES 2017』に参加予定です。CESに参加するのは10年前のシックス・アパート時代に、ビデオカメラXacti(当時は三洋電機)のプロモーション支援のために参加して以来です(その前は日経コンピュータの記者時代の1998年)。
思えばハードウェアとして競争力が高かったXactiが、ウェブサービスの構築・運営ができない舞台裏を知ったのが、ハードウェア企業が持つIoTの可能性と限界を意識したキッカケだった気がします。
もしCESにおいでの方がいらっしゃいましたら、是非コンタクトいただければと存じます。
2017年も、皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします! 今後ともFabFoundryをよろしくお願いいたします!