「待ち」ではなく「越境」から始めた10年──Monozukuri Innovation Instituteが生まれた理由
2025年08月04日
1980年代、世界に冠たる存在だった日本の「ものづくり」。しかし、あの栄光は、静かに、しかし確実に失われてきました。
家電、自動車、鉄鋼。いずれも1960年代から急成長を遂げた産業ですが、日経が発表したグラフが示す通り、家電にいたっては2000年代以降に崖のような転落を記録しています。
ソニー復活、創業者がまいた変革の種 ものづくり超えるソフトの力 - 日本経済新聞

私はまさにその転落の谷間にいた当事者です。2000年代後半、Six Apartという米国発ブログプラットフォームの日本事業を手がけ、当時の家電メーカーと「インターネット時代の製品共創」を模索していました。しかし現実は厳しく、どれも一つもうまくいかない。技術者も、経営層も、旧来の事業モデルから一歩も動こうとしませんでした。
そのとき私は直感しました。
- 「日本の家電メーカーは、もう“中から”変われない」
- 「変化の起点になるのは、外部のハードウェアスタートアップだ」
- 「そしてそのスタートアップには、インターネットの力と、事業化の視点を教える必要がある」
それが、ニューヨークへ渡る決断の出発点でした。
ニューヨークで始めた草の根の試み
選んだのはシリコンバレーではなく、ニューヨーク。理由は単純でした。ソフトウェアではなくハードウェア×異業種連携×多様性に賭ける場所を探していたからです。
当時、ブルームバーグ市長が推進していたテック産業育成政策(Applied Sciences NYC)やMIT・Cornell Techなどの学術基盤が整いはじめ、「大企業の街」から「ディープテック都市」へと変貌を遂げつつある時期でもありました。
2015年からはParsons大学のXRC Acceleratorに参加し、West Villageにあるカフェで毎週土曜に「Monozukuri Saturdays」を主催し、ハードウェアの話を交わす小さな場を始めました。3Dプリンタのワークショップから始まったこの活動が、後のMonozukuri Ventures、そしてMonozukuri Innovation Instituteへとつながっていきます。
なぜ「教育機関」ではなく「実践の場」が必要だったのか
私は、米国スタートアップと日本企業、大学、投資家をつなぎながら、多くの越境プロジェクトを手がけてきました。
- 米国スタートアップを京都に招いて、日本の町工場での試作支援を実施(Monozukuri Bootcamp)
- 大学・アクセラレーターとの提携(カーネギーメロン大学、スタートアップ・アクセラレータ AlphaLab Gear、HAX)
- イベントDeep Tech Forumの複数都市での開催(NYC, Pittsburgh, Boston, Santa Claraなど)
- 日本企業とスタートアップの協業支援、実践型教育プログラムの提供(Monozukuri Innovation Institute)
そして私はあることに気づきます。
「優れた連携モデルは存在している。だが、それを言語化できる人が圧倒的に少ない」
だからこそ、Monozukuri Innovation Instituteは、スタートアップとの連携を進める日本企業側にこそ必要な“翻訳者”のような機能だと考えています。
まずは6本のエピソードから学んでみませんか?
Monozukuri Innovation Instituteでは、日米のスタートアップ連携・ディープテック協業に関心のある方に向け、「オープンイノベーションの現場から学ぶ」6本の実践ストーリーを無料で公開しています。
- アカデミア発スタートアップとの距離の詰め方
- 製造業が協業相手に求める「人材像」や「文化適応力」
- グローバルCVCがどうやって米国スタートアップを評価しているか
「製造業は遅れている」と外から批判するのではなく、「どうすれば変われるのか」を一緒に考える場。それが、Monozukuri Innovation Instituteの原点です。
ご関心をお持ちいただけた方は、まずMIIのコンテンツをご覧いただければと思います。