2002年の秋に、このブログを書き始めました。最初のエントリーは「『なぜ?』『どうして?』と言えますか?」というタイトルでした。当時の自分は、まだ32歳でした。
あれから24年。ブログで扱うテーマは、メディアの変化、起業、ニューヨーク移住、スタートアップ投資、ディープテック…と移り変わってきましたが、最近、ふと立ち止まる時間ができました。
いま私はサバティカルの時間をいただいています。日々の業務から少し距離を置き、これまでの30年と、これからの20年を静かに見直す機会になっています。

30年、日米の間でやってきたこと
振り返ると、私のキャリアは一貫して「日米の間にある距離をどう埋めるか」に向き合ってきた時間でした。
最初の仕事は、日経コンピュータの記者でした。1994年から2000年までの6年間、米国のソフトウェアやインターネット技術を日本に伝える仕事に携わりました。初めて米国の地を踏んだのは1996年の出張です。帰国子女でも留学経験者でもない私が、なぜか日米の境界線で仕事をするようになっていきました。
その後、CMUに留学し、帰国してSix Apartに参加。ニューヨークで起業を経て、ディープテック領域に軸足を移し、投資・コミュニティ・情報発信という複数のレイヤーで、日米の接点をつくってきました。
ロボティクスやPhysical AIといった領域で、まだ市場が小さい段階から挑戦しているスタートアップに関わる機会も多くありました。EdgeCortix、SeaSats、Somnee、Maxwell Labsのように、日本ではあまり知られていないけれど、技術的にユニークで、それぞれの領域で注目されている企業に出会えたことは、自分にとっても大きな学びでした。
また、Deep Tech ForumやMonozukuri Innovation Instituteといった取り組みを通じて、日米の投資家・企業・スタートアップが出会う場や、継続的に学ぶための場づくりにも関わってきました。
ただ正直に言うと、「やるべきことをやりきった」という感覚はありません。むしろ、「まだ十分に機能していない構造がある」という感覚のほうが強く残っています。
何が足りないのか
日米のディープテック協力を見ていて、ひとつ明確に感じていることがあります。
それは、「継続的に機能する仕組み」が、まだ十分に存在していない、という点です。
個別の投資案件やイベントは増えていますし、関心も確実に高まっています。一方で、日本の産業資本が米国のディープテック・スタートアップに対して、継続的かつ体系的に関与していくための経路は、まだ発展途上にあります。
逆に、米国のハードウェアやPhysical AIのスタートアップ側から見ると、製造や事業化のフェーズで、長期的な視点を持ったパートナーを必要とする場面が増えています。
両者のニーズは、構造的には噛み合っているように見えます。しかし、それを安定的に接続する「仕組み」は、まだ十分に整っていない——これが現時点での私の認識です。
いま、考えている問い
では、何が足りないのか。
このことについては、いずれ別の記事で書いていくつもりですが、いまの時点で私の頭の中にある問いを、二つだけ書き留めておきたいと思います。
ひとつ目は、構造の問いです。
「なぜ日米のディープテック協力は、個別案件は増えても、『仕組み』にならないのか」。
これは10年以上、私自身が現場で感じ続けてきた違和感でもあります。多くの善意ある関係者がいて、優れた個別の取り組みもあるのに、それが安定的なパイプラインにならない。何度も同じ問いに戻ってくるということは、答えが「人」や「努力」の側にはなく、「構造」の側にあるのではないか、と最近は考えています。
ふたつ目は、日本側の問いです。
「日本の事業会社や投資家が、米国ディープテックに継続的に関わるとき、最大のボトルネックは何か」。
これは資金の問題ではなく、組織の問題でもなく、もっと別の何かではないか、という仮説を持っています。これも、いずれ書きたいテーマです。
両方とも、まだ仮説段階です。ただ、これまでの経験から、ある程度の方向性は見えてきているように感じています。
そして、もうひとつのテーマ
もう少し長い時間軸で考えていることが、もうひとつあります。
娘が成人する頃に、重度障害を持つ人がニューヨークで継続的に生活していくための支援のあり方について、自分なりに関わっていけないかと考えています。これは現時点では具体的な計画というよりも、これまでの生活の中で自然と積み重なってきた問題意識に近いものです。ディープテックの仕事とは異なる領域ではありますが、自分の人生の後半において、重要なテーマのひとつになると思っています。
これについては、いずれ別の機会に書きたいと思います。
なぜ今、これを書いているのか
サバティカルの時間の中で、あらためて「なぜこの分野に関わっているのか」「これから何に時間を使うべきなのか」を整理する機会を持てています。
一人で考えていてもまとまりませんし、書くことで整理されることがあります。このブログは、もともとそういう場として始めたものでした。なので、今回もここに書きながら、考え続けていこうと思います。
次回以降は、上に書いた「問い」のひとつを掘り下げていくつもりです。同じようなテーマに関心を持たれている方とは、いずれどこかのタイミングで意見交換ができれば嬉しく思います。
私はもうすぐ57歳。娘は11歳。
次の20年に向けて、動き始めます。