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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

2026年10月27日、ボストンで開催されたTough Tech Summitに参加しました。研究開発に長い時間と多額の資金を必要とするディープテック分野のスタートアップや投資家が集まるカンファレンスです。

オープニングセッションは「The Physical AI Frontier: Where Digital Intelligence Meets Hardware(フィジカルAIの最前線:デジタルの知能とハードウェアが出会う場所)」。

100万台のロボットを動かすAmazon Robotics

登壇したのは、Amazon RoboticsのChief TechnologistであるTye Brady氏と、HSBC Innovation BankingのAustin Badger氏です。

フィジカルAIというと、いま注目を集めているヒューマノイドロボットを想像するかもしれません。しかし、Brady氏が語ったのは、Amazonが長年にわたってロボティクスを物流現場に導入し、改善を続けてきた経験でした。

Amazonは2025年6月、物流施設への移動ロボットの導入台数が100万台に達したことを発表しました。300以上の施設に展開され、非常に高い稼働信頼性が求められています。

その中で、特に印象に残った話があります。

Amazonでは、ロボットの稼働状況だけでなく、製造時にボルトをどの程度のトルクで締め付けたかといった細かな情報まで記録しているというのです。

Brady氏によると、こうした製造時の記録は個々のロボットと結びつけられ、現場で問題が起きた場合には製造履歴まで遡って調べることができます。

2026年10月27日のTough Tech Summit。Amazon RoboticsのTye Brady氏(右)とHSBC Innovation BankingのAustin Badger氏(左)

一方、Amazonはロボットの運用からも長年にわたってデータを蓄積してきました。

その運用データを活用した成果の一つが、2025年6月に発表された、ロボット群の移動を最適化するAIシステム「DeepFleet」です。

Amazon RoboticsのScott Dresser副社長は、発表当時の記事で、DeepFleetを多数のロボットの移動を調整し、混雑を減らして効率的な経路を選ぶ仕組みとして説明しています。

Brady氏によると、DeepFleetは長年蓄積されたデータを活用し、エンジニアによる検証と改良を重ねながら約6か月で開発されました。Amazonは2025年6月の発表で、DeepFleetによってロボットの移動時間を10%改善できると説明しています。

100万台規模のロボットが動くシステムでは、移動効率の10%改善がもたらす効果は小さくありません。

ただし、私が興味を持ったのは、その数字以上に、Amazonがロボットを使うだけでなく、実際の運用から得たデータによって、物流システムそのものを継続的に改善していることでした。

Amazonの目的は「ロボットを作ることではない」

Amazonが実現したいのは、膨大な商品を、より効率的に、速く、確実に顧客へ届けることです。

そのために、商品の保管、移動、仕分け、ピッキング、梱包といった作業を改善し、必要な技術を開発・導入してきました。

ロボットは、そのための手段の一つです。

商品を運ぶなら移動ロボットが適しているかもしれません。特定の荷物を扱うなら専用のロボットアームが合理的かもしれません。既存のロボットを変更せず、ソフトウェアを改善するだけで大きな効果が得られる場合もあります。

DeepFleetは、その最後の例です。

Amazonは高度なロボット技術を開発していますが、すべての作業を人間型ロボットに任せようとしているわけではありません。

どの技術を使うかは、解決したい問題によって決まります。

Brady氏も、目的、戦略、実際の運用を結び付けて考えることの重要性を繰り返し語っていました。

データを持っていることと、データを使って進化することは違う

日本でフィジカルAIの可能性が議論されるとき、よく聞くのが「日本には製造現場のデータがある」という話です。

長年にわたって製造業を発展させてきた日本企業には、製造工程、品質管理、設備の稼働、保守などに関する膨大な知識やデータがあります。

これは確かに大きな資産です。

しかし、データを保有していることと、そのデータを使って事業を進化させ続けることは、別の能力です。

Amazonの場合、現実の物流施設でロボットが動き、そこからデータが生まれます。そのデータを使ってAIやアルゴリズムを改善し、改善したシステムを再び物流施設へ投入する。

新しいデータが生まれ、さらに改善が進みます。

DeepFleetは、長年の運用データが、新しいAI技術によって実際の効率改善につながった事例です。

さらにBrady氏は、開発エンジニアと製造エンジニアを近い場所で働かせ、開発と製造のサイクルを短縮していることも紹介しました。

AIが新しい改善方法を見つけたとしても、それを実際のロボットや製造工程に反映できなければ、現場は変わりません。

センサーを追加する必要があるかもしれません。ロボットの設計変更や、物流施設の運用方法の見直しが必要になる場合もあるでしょう。

データ、AI、ハードウェア、製造、現場運用を切り離さず、改善を繰り返せること。

Amazon Roboticsの強みは、個々の技術だけでなく、それらを組み合わせて実際の物流システムを変えていく能力にあると感じました。

ヒューマノイドの性能比較だけでは見えない競争

日本でフィジカルAIが報じられるとき、米国と中国のヒューマノイド開発競争が大きく取り上げられています。

人間のように歩く、走る、物をつかむ。映像で技術の進歩を伝えやすく、米国のFigure AIやTesla、中国のUnitreeなどを比較すれば、どの国が先行しているのかという議論にもなります。

そして、日本はこの競争に遅れているのではないか、という話になります。

もちろん、ヒューマノイドは重要な技術領域です。人間のために設計された環境で、多様な作業をこなせるロボットが実現すれば、産業や社会に大きな変化をもたらす可能性があります。

ただ、フィジカルAIの競争をヒューマノイドの性能比較だけで捉えると、Amazon Roboticsのような取り組みが見えにくくなります。

Amazonの物流施設では、さまざまな形状のロボットが、それぞれの役割を担っています。

重要なのは、ロボットが人間の形をしているかどうかではなく、物流システム全体として、どれだけ効率的に、柔軟に、確実に機能するかです。

そして、AIによって、そのシステムをどれだけ速く改善できるか。

フィジカルAIの競争には、優れたロボットを開発する競争だけでなく、現実世界のシステムを継続的に進化させる競争もあります。

日本企業は、何を目指すのか

日本企業が必ずしも米国や中国と同じヒューマノイド開発競争を目指す必要はないと思っています。

日本には、競争力のある製造技術、部品、材料、センサー、モーター、そして長年の現場経験があります。

多くの企業が、自社の工場や設備、物流、保守など、フィジカルAIを実際に活用できる現場も持っています。

では、その現場で何を実現したいのでしょうか。

生産性を上げたいのか。人手不足に対応したいのか。品質を改善したいのか。これまで自動化できなかった工程を変えたいのか。あるいは、まったく新しい製品やサービスを生み出したいのか。

目的が違えば、必要な技術も変わります。

ヒューマノイドが最適な場合もあるでしょう。専用ロボットや既存設備の改良で十分な場合もあるでしょう。AIやシミュレーションによって、製造工程そのものを変えられるかもしれません。

必要な技術をすべて自社で開発する必要もありません。米国をはじめ、世界中のスタートアップと協業することは有力な選択肢です。

ただし、技術を導入したり、スタートアップと提携したりするだけでは、Amazonのような改善のサイクルが生まれるとは限りません。

Amazonは、自社でロボットを開発・製造し、物流施設を運営しています。しかし、日本の製造装置メーカーや部品メーカーの場合、製品を納入する企業と、それを実際に使う企業が異なることも少なくありません。現場のデータを継続的に取得できるのか。そこから得られた知見を製品やシステムの改善に反映できるのか。自社だけでは完結しない場合には、顧客企業や技術パートナーとの協力関係を設計する必要があります。

新しいAIモデルに合わせて製造工程を変える必要があるかもしれません。新しいセンサーやロボットを導入すれば、設備や運用を見直す必要があるかもしれません。継続的にデータを収集するために、製品の設計や保守の仕組みを変えることもあるでしょう。

こうした変更は、技術部門だけでは完結しません。

製造、開発、情報システム、調達、事業部門、経営が関わります。部門ごとに異なる優先順位や制約を調整し、実際の変更を進めなければなりません。

Amazon Roboticsの事例から日本企業が学べるのは、100万台のロボットを持つことではなく、現場から得た情報を、技術と事業の改善につなげる仕組みをどう作るかという点ではないでしょうか。

「ロボット」が目立たなくなる

今回のTough Tech Summitでは、フィジカルAIにもChatGPTのように、誰もがその登場を実感する瞬間が訪れるのか、という質問がありました。

Brady氏の答えは、むしろロボットが目立たず、日常の中に自然に溶け込んでほしい、というものでした。

ヒューマノイドが人間のように動く映像は、多くの人の関心を集めます。しかし、フィジカルAIが産業や社会を変えるとき、その変化は必ずしも目立つ形で現れるとは限りません。

物流施設でロボットの移動が効率化される。工場で不良品が減る。設備の故障を予測できるようになる。これまで自動化できなかった作業が、自動化できるようになる。

そうした改善が積み重なることでも、産業は変わっていきます。

Amazon RoboticsのDeepFleetは、その具体例の一つです。

日本企業にとっても、どの技術を開発し、どの企業と協業するかは重要な選択です。しかし、その前に決めるべきことがあります。

自分たちは、フィジカルAIによって何を実現したいのか。そして、そのために自分たちの事業や組織をどこまで変えていくのか。

100万台のロボットを運用するAmazon Roboticsの話は、フィジカルAIの競争が、ロボットの性能だけでは決まらないことを示していました。