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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

前回の記事で、Citadel創業者のKen Griffin氏による30億ドルの寄付をきっかけに、カーネギーメロン大学(CMU)とピッツバーグが、フィジカルAIの時代に改めて注目されていることを書きました(30億ドルの寄付で注目されるカーネギーメロン大学(CMU)。フィジカルAI時代に見直されるピッツバーグ)。

この記事をFacebookで紹介したところ、ソニーグループの元CTOで、長くAIやロボティクスに携わってきた北野宏明さん(CMUの大先輩でもある)から、こんなコメントをもらいました。

CMUというのは割とobvious choiceにも思えますが
どういう個人的関係などあるかは興味ありますが

CMUをよく知る人にとっては、AIやロボティクスに巨額の資金を投じる大学としてCMUを選ぶことは、それほど意外ではない。むしろ「obvious」、つまり明白な選択に見える。気になるのは、Griffin氏とCMUの間にどのような関係があるのか。

一方で、日本の人に聞けば「なぜCMU?」となるのではないでしょうか。日本で一般的に知られている米国のテクノロジー拠点といえば、まずシリコンバレーだからです。

大学ならスタンフォード大学やMITでしょう。CMUやピッツバーグが、フィジカルAIの中心の一つだと言われても、唐突に感じる人の方が多いかもしれません。

では、なぜ「obvious」なのでしょう?

ソフトウェアのAIから、物理世界のAIへ

2025年、Andreessen Horowitzの共同創業者Marc Andreessen氏が、Joe Lonsdale氏との対談で興味深い話をしていました。

現在のAIは基本的にはソフトウェアであり、その恩恵はサンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、オースティンのような都市に集中しやすい。しかし、その次に来るのは、彼が「embodied physical AI」と呼ぶ世界だというのです。

ドローン、自動運転車、ヒューマノイド。そして、それらを設計し、製造する工場。

Andreessen氏は、AIがソフトウェアだけにとどまるなら、すでにテクノロジー産業が集積している都市をさらに豊かにすることはできても、米国のそれ以外の地域をどうするのか、という問題は解決できないと話しています。

AIがコンピューターの画面から出て、再び物理的なモノを作り始める。

これが「フィジカルAI」が今、求められている理由でしょう。

Google社員がピッツバーグで起業

コンピューターサイエンス学部の前学部長であるAndrew Moore氏(右)と現学部長のMartial Hebert氏(左)

30億ドルの寄付が発表されるわずか2週間前、CMUで開催されたイベント「Lab to Market」。その基調講演に登壇したのは、現在CMUのコンピューターサイエンス学部(SCS)で学部長を務めるMartial Hebert氏と、その前任の学部長Andrew Moore氏でした。

Moore氏はCMUの教授からGoogleへ移り、2006年にGoogleのピッツバーグ拠点を立ち上げた後、CMUに戻ってSCSの学部長を務め、再びGoogleでAIを率いた人物として、CMU界隈では著名な人物で、現在はピッツバーグで新しいAI企業を立ち上げているとのこと。

Hebert氏によれば、Moore氏が立ち上げたGoogleのピッツバーグ拠点は、現在では約800人の規模になっています。

その対談でMoore氏は、ピッツバーグについてこんな話をしていました。

「ピッツバーグには、走行距離の計測、加速度センサー、コンピュータービジョンなどの情報を組み合わせて位置を把握する技術について、すでに非常に多くの経験がある」

「CMUの学生は卒業すると、みんなピッツバーグを出ていく」

一方で、現在のMoore氏自身がGoogleを離れて起業し、約25人のGoogleの上級エンジニアが彼と一緒に新会社へ移ったと話していたのも印象的でした。

ところが10年ほど前、Mawhinney氏から聞いていたのは、まったく逆の話でした。

2015年にニューヨークで対談するDave Mawhinney氏(右)とPeter Stern氏(左)

CMUで長年、起業家育成を率いてきたDave Mawhinney氏が、CMUの全学レベルでの起業センターを立ち上げようとしていたころ、よく話していたことがあります。

CMUには優秀な学生がたくさんいる。技術系スタートアップの創業メンバーとして活躍している。しかし、卒業するとピッツバーグを離れてしまい、そのスタートアップが「CMUのスタートアップ」と呼ばれることはほとんどない、と。

「9割がシリコンバレー、残りの1割がニューヨークへ行く」

もちろん、誇張を含んだ表現です。しかし彼の問題意識は明確でした。

後から調べてみると、この話を別の角度から裏付けるような数字がありました。

2015年、Griffin氏が率いるCitadelがCMUに「Citadel Teaching Commons」を開設した際、同社が、それ以前の10年間に採用した技術職とクオンツ研究職のうち、5人に1人がCMU出身だったと明らかにしています。

2015年のCitadel Teaching Commons開設時のリボンカット。コンピューターサイエンス学部長(当時)のAndrew Moore氏(右)とCitadelのCIO(当時)のJoseph Squeri氏(左)。(写真提供: Carnegie Mellon University)

CMUは世界有数の企業が欲しがる技術者や研究者を数多く生み出していた。しかし、その才能は企業に「採用される」ことが多く、自ら会社を作ることには必ずしもつながっていませんでした。

Mawhinney氏自身も、CMUのビジネススクールを卒業後、複数のスタートアップを創業し、ベンチャー投資にも携わり、2003年に共同創業したmSpokeは2010年にLinkedIn初の企業買収となりました。その後、CMUで起業家育成の仕組みを作る側に回っていきます。

私も2015年にMawhinney氏と知り合って以降、CMUの学生のメンタリングや起業センターでのセッションなどに関わり、CMU発のスタートアップを一緒に支援するようになりました。

Mawhinney氏が当時掲げていた目標は明快でした。

CMUを、コンピューターサイエンスやロボティクス、AIだけでなく、スタートアップ起業でも世界一の大学にすることが目標だ

2017年のビジネススクール同窓会で起業のパネルディスカッションをモデレートするDave Mawhinney氏(左)

Googleが、ピッツバーグにやってきた

2006年、GoogleはCMUのコンピューターサイエンス人材の近くにピッツバーグ拠点を設け、その立ち上げを当時、CMU教授だったAndrew Moore氏に任せました。

CMUの学生がGoogleで働くためにカリフォルニアへ行くのではなく、Googleの方がCMUの人材のためにオフィスを作ったのです。

似たような話としては、同時期にストレージ大手のSeagateが、CMU教授であるMark Kryder氏をR&D責任者として迎える際、Kryder氏がピッツバーグに置くことを条件にしたため、R&D拠点をピッツバーグに置いた話があります。

しかしスタートアップがピッツバーグに残るために大きな役割を果たしたのは、なんといってもGoogleのオフィスでしょう。

このGoogleのピッツバーグ・オフィスを経て、スタートアップを立ち上げ、見事に上場を果たしたのが、CMUで博士号を取得し、教員となったLuis von Ahn氏です。

von Ahn氏は2009年にreCAPTCHAをGoogleへ売却しましたが、自身はピッツバーグに残り、2011年には当時CMUの博士課程にいたSeverin Hacker氏とDuolingoを創業しました。

Luis von Ahn氏を中心に開発されたreCAPTCHA(左)と、共同創業したDuolingo(右)

Moore氏は英国出身、von Ahn氏はグアテマラ出身です。学生がシリコンバレーやニューヨークへ流出する一方で、海外からやってきた二人はピッツバーグに残りました。

街をUberの自動運転車が走り始める

2017年4月、Bakery SquareでUberを呼んだら、屋根に大きなセンサーを載せたVolvoがやってきました。

運転席には安全のためドライバーが、そして助手席にはエンジニアが座っており、普段より乗れる人数が少なくなっていました。ただ日本から出張で来た人たちに乗車を譲ったところ、みなさんとても興奮されていました。

当時は公道での実験が始まって半年ほどで、実際に走っていたのは20台ほど、とドライバーは言っていました。その年の後半には、開発用の乗客を乗せない自動運転車を入れると、100台前後がピッツバーグを走っていたようです。

ペンシルベニア州の認証を受けて自動運転車のテストを行っているのは、Uberの自動運転部門を買収したAurora Innovationや、Alphabet傘下のWaymoだけでなく、フォード子会社のLatitude AI、ソフトバンクが出資したStack AVなど。

2017年4月にピッツバーグで配車されたUberの自動運転車

2001年のSuper Bowlで見た「マトリックス」

映画『マトリックス』で、カメラが人物の周囲を回り込む「Bullet Time」の映像を覚えている方もいるでしょう。

私がCMUに通っていた2000年ごろは、大きな話題でした。

そして2001年1月のSuper Bowl。

「Super Bowlで、あの『マトリックス』みたいな映像をやるらしい」と同級生。「CMUが開発した技術らしいよ」

それがCMUのロボット工学研究所(Robotics Institute)の当時の所長、金出武雄教授が中心になって開発したEyeVisionだったことを、私は当時知りませんでした。

後に金出教授自身が振り返ったところでは、『マトリックス』の映像を見たCBSから「似たようなことができないか」と相談されたことが開発のきっかけだったそうです。

2001年のSuper Bowlで使われたEyeVision

CMU発の技術を使うMacのOS

1980年代にCMUで開発された「Mach」というOSの技術は、スティーブ・ジョブズが創業したNeXTのOSに採用されました。NeXTがAppleに買収された後、その技術は現在のmacOSにつながるOSの基盤にもなっています。

CMUで開発されたMachを基盤にしたOpenStep for Mach 4.0

1988年にインターネットを大混乱させたMorris Worm事件の直後には、米国防総省の要請を受け、CMUのソフトウェア工学研究所(Software Engineering Institute)にCERT Coordination Centerが設立されました。現在では当たり前になった、インターネット上のセキュリティ事故や脆弱性に組織的に対応する仕組みの草分けです。

金出教授をはじめとするロボット工学研究所では、1980年代から自動運転につながる研究も進めていました。1995年にはNavLab 5が米国を横断し、約3000マイルを自動操舵で走っています。

多くの人は「シリコンバレー発の技術」と思うかもしれません。しかし、どれもCMUで開発された技術です。

鉄鋼の街が崩壊した

2017年、ニューヨークで、CMUの都市再生研究所(Remaking Cities Institute)を設立したDonald Carter教授の講演を聞く機会がありました。

テーマはピッツバーグ。かつて世界有数の鉄鋼都市だったピッツバーグでは、1980年代のわずか8年間に13万3000もの高賃金の工業雇用が失われ、地域の失業率は20%に達したそうです。

Carter教授自身も当時ピッツバーグに住んでおり、そのころの街には「暗い空気と絶望感が広がっていた」と振り返っていました。

鉄鋼産業は戻ってこない。しかし、街には大学がある。

そしてCMUには、コンピューターサイエンスやAIだけでなく、ロボットを実際に動かし、カメラで現実世界を認識し、コンピューターを機械や産業につなぐ研究がすでにありました。

1985年の「Strategy 21」

1985年に起草されたStrategy 21の原本(出典: Carnegie Mellon University Libraries)

そんな中で1985年、CMUがピッツバーグ大学、ピッツバーグ市、アレゲニー郡とまとめたのが、21世紀に向けた地域再生戦略「Strategy 21」でした。

原本を見ると、新しいピッツバーグ国際空港や地域再開発と並んで、大学を中心とした先端技術の研究が柱の一つになっています。

そこに具体的なプロジェクトとして並んでいたのが、CMUのソフトウェア工学研究所、ピッツバーグ大学とCMUなどによるスーパーコンピューターセンター、そして製造業向けのロボティクス研究センターなどでした。

特に興味深いのが、このロボティクス研究センターです。CMUのロボット工学研究所が運営し、ロボットを製造現場へ導入するための大規模な研究・訓練施設を作る構想でした。Strategy 21には、これを地域のロボティクス産業を育てる拠点にするという考えまで書かれています。

CMUのロボット工学研究所自体は1979年にすでにCMUに設立されています。つまり、鉄鋼産業が崩壊したからCMUがロボティクスを始めたわけではありません。

鉄鋼産業が衰退し、次の経済の中核を探していたピッツバーグの目の前に、すでにCMUのコンピューターサイエンスやロボティクスがありました。そして1985年には、それを大学の研究だけにとどめず、地域の産業へつなげようとしていたことになります。

Carter教授が示した数字では、ピッツバーグ地域の製造業の雇用比率は1970年の20%から、2010年代には10%未満まで低下しています。その一方で、残った製造業は大量生産型ではなく、より付加価値の高いものへ変わったとしています。

R&Dからスタートアップを生み出すには

しかし、それでもMawhinney氏が話していたように、優秀な学生が卒業後にピッツバーグを離れるという問題は残りました。

研究機関と人材があれば、それだけで新しい会社が生まれ、地元に残るわけではありません。

CMUでは2012年、それまでビジネススクールを中心に行われていた起業家育成と、工学系のスタートアップ支援のProject Olympusなどをつなぐ起業・イノベーションセンター(Center for Innovation and Entrepreneurship)が設立されます。起業支援をビジネススクールの一機能から、全学の活動へ広げる動きでした。

さらに、ビジネススクールの新校舎を他学部からもアクセスしやすい場所に移し、CMUの学生や研究者が気軽に集まれる場所にしました。

2018年9月に開催されたビジネススクール新校舎のオープン記念式典

この動きを支えたのが、300社以上のユニコーンを手掛ける著名VC、Accelの創業パートナーで、CMUビジネススクール出身のJim Swartz氏夫妻です。新校舎に起業活動の拠点を作るため、総額3100万ドルを寄付。2016年にSwartz Center for Entrepreneurshipが発足し、2018年に新校舎が完成すると、起業支援をCMU全学に広げる重要な拠点となりました。

なぜ2026年のいま、CMUが「明白な選択」なのか

Mawhinney氏が「CMUの学生は卒業するとピッツバーグを出ていく」と話していたころから約10年。2026年には、かつてGoogleのピッツバーグ拠点を立ち上げたAndrew Moore氏自身がGoogleを辞め、約25人の上級エンジニアとともにピッツバーグで会社を作っています。

そしていま、AIはコンピューターの中から出て、ロボット、自動運転、製造、エネルギー、国防など、物理世界へ向かい始めています。

1985年のStrategy 21から、Google、Uber、Swartz Center、そして現在のフィジカルAIまで。もちろん、これらを一本の因果関係で結ぶことはできません。それでも、北野さんがなぜ「CMUというのは割とobvious choice」と感じたのかは、少し見えてきます。

Griffin氏とCMUの関係にも伏線がありました。2015年にCitadel Teaching Commonsが開設された時点で、Citadelがそれ以前の10年間に採用した技術職とクオンツ研究職の5人に1人はCMU出身でした。

世界有数のAIやロボティクスの研究があり、企業が欲しがる技術人材がいる。そして、この10数年で、そこから会社を生み出す仕組みも作られてきた。

フィジカルAIの時代になってCMUが突然浮上したのではなく、見る側の時間軸の問題なのかもしれません。