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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

「これまで何千、何万という投資案件を見てきたが、これは人生で最も簡単な投資判断の一つだった」 ― 世界最大手ヘッジファンドCitadel創業者のKen Griffin氏は10月1日、Carnegie Mellon University(CMU)でこう話しました。

前日に発表した「投資」は30億ドル(日本円で約4700億円)。個人による大学への寄付としては史上最大で、10億ドルがピッツバーグにあるCMUに、20億ドルがマイアミに新設されるCMU Miamiキャンパスに投じられます。ピッツバーグへの10億ドルのうち5億ドルはコンピューター・サイエンス(CS)学部に充てられ、同学部にはGriffin氏の名前が冠されました。

では、なぜCMUだったのでしょうか。私には、30億ドルという金額そのものより、こちらの方が興味深く感じられます。

Ken Griffin氏とCMU学長Farnam Jahanian氏の対談。司会は起業担当副学長のMeredith Meyer Grelli氏。2026年10月1日、Carnegie Mellon Universityにて。(Photo: Carnegie Mellon University)

私は2000年から2002年までCMUのビジネススクールに通い、その後もCMU発のスタートアップへの投資や、Innovation Works、ARM Instituteなどとの仕事を通じて、25年以上ピッツバーグを見てきました。

その立場から見ると、今回の寄付は突然出てきたニュースというより、ここ数年、特に今年になってCMUとピッツバーグで起きているいくつかの変化と重なって見えます。

CMUが最近になって強くなったわけではありません。むしろ、フィジカルAIが重要になるにつれて、世の中の方がCMUが長くやってきたことに近づいてきた、と考えた方がよいのかもしれません。

「知る人ぞ知る」コンピューターサイエンスのトップ校

日本でCMUの名前を出しても、StanfordやMITほど広く知られているとは感じません。私自身、「Carnegie Mellonってなんですか?」と聞かれることには昔から慣れています(どこですか?ではなく「なんですか?」と聞かれるのが象徴的です)。

ピッツバーグについても、一般的には「かつての鉄鋼の街」「ラストベルト」というイメージが強いでしょう。

しかしコンピューター・サイエンスやAIの世界から見ると、CMUの位置づけはまったく違います。今年9月に発表されたU.S. News & World Reportの大学ランキングでも、CMUはコンピューター・サイエンスで全米1位となっています。

そして、AIがコンピューターの中だけではなく、ロボット、自動車、工場など現実の世界で動く「フィジカルAI」へ広がるにつれて、CMUが長く蓄積してきたものが、改めて注目されるようになっています。

ロボティクスをコンピューターサイエンスとして考えてきたCMU

CMUがRobotics Institute(ロボット工学研究所)を設立したのは1979年です。大学に設置されたロボティクス専門の研究部門としては世界初です。

興味深いのは、ロボティクスを機械工学の延長として扱っていないことです。Robotics Instituteは現在、コンピューター・サイエンス学部を構成する研究機関の一つです。

もちろん、1979年に現在の「フィジカルAI」という言葉があったわけではありません。

ただ、機械が周囲を認識し、判断し、自律的に動くという問題を、コンピューター・サイエンスやAIとつながった領域として40年以上研究してきた。この蓄積は、現在のフィジカルAIという文脈から見ると、以前とは違った意味を持って見えてきます。

最近はロボティクスの実用化というとヒューマノイドが話題になります。しかし米国ではその前に「自動運転」という大きな商用化の波がありました。CMUは1980年代から自動運転を研究し、DARPA Grand Challengeなどを通じて多くの研究者や技術者を送り出しています。

一方で、自動運転の商用化競争が始まると、CMUはGoogleやUberなどによる人材獲得の舞台にもなりました。大学で育った技術や人材が、必ずしもピッツバーグに残ったわけではありません。

その流れの先にある企業の一つがAurora Innovationです。Auroraはシリコンバレーとピッツバーグの双方に大きな拠点を持っていましたが、2021年にピッツバーグを正式な本社としました。

フィジカルAIの商用化は、ピッツバーグにとって突然始まった話ではないのです。

かつての製鉄所から、全米の製造業を動かす

この変化を実際の場所として見ると面白いのが、ピッツバーグ南東部のHazelwood GreenにあるMill 19です。

旧製鉄所の鉄骨やクレーンを残したMill 19。屋根には太陽光パネルが設置されています

ここはかつて巨大な製鉄所だった場所で、現在もその鉄骨を残した形で内部がリノベーションされています。2019年にオープンしたMill 19には、CMUのManufacturing Futures InstituteとARM Instituteが主要テナントとして入りました。

ARM Instituteの正式名称は、Advanced Robotics for Manufacturing Institute(製造業向け先進ロボティクス研究所)。ピッツバーグの地域振興のための組織ではなく、米国防総省の支援で2017年に設立された米国の製造業強化を目的とする「Manufacturing USA」の研究機関の一つです。ロボティクスやAI、自動化技術の製造業への導入を全米規模で進めており、現在では全米の企業、大学、政府機関など470以上が参加しています。

Mill 19に拠点を置くARM Institute。右は研究・実証スペース

以前、ARM InstituteのCEOであるJorgen Pedersen氏とミーティングをした際に、彼が何度も強調したことがあります。ARM Instituteはピッツバーグに本拠を置いているものの、その役割はあくまで全米にある、ということです。

実際、ARM Instituteは米国政府のManufacturing USAの一つとして、大学やスタートアップだけでなく、大企業や中小製造業までをつなぎ、ロボティクスの研究成果を実際の製造現場へ導入する仕組みを作っています。ピッツバーグにある組織だからといって、ピッツバーグのためだけの組織ではありません(【寄稿】米政府が協働ロボット導入を推進する理由と、日本の中小企業が直面する課題(後編) – TECHBLITZ)。

これは、外からピッツバーグを見るときに意外と重要なポイントではないでしょうか。

そして今年2月、そのMill 19の隣にCMUの新しいRobotics Innovation Centerが開設されました。ロボットやAIを研究室の中だけでなく、実際に動かして試すための研究拠点です。最初の企業テナントには、フィジカルAIを開発するFieldAIが入り、日本企業も富士通が7月に入居しました。

2026年2月にMill 19の隣に開設されたCMU Robotics Innovation Center

「鉄鋼の街」が「ロボットの街」に生まれ変わった、という単純な話ではありません。

むしろ、かつて米国の工業を支えた場所に、今度は全米の製造業やロボティクスに影響を与える研究機関や企業が集まっている。

ピッツバーグを単に「古い鉄鋼都市」という地域ブランドで見ると、この街で起きていることのスケールを見誤るのかもしれません。

時代に適合してきたCMU

変化は研究施設だけではありません。今年、CMUは起業や研究成果の事業化を支える組織も大きく動かしました。

6月には、Meredith Meyer Grelli氏を初代の起業担当の副学長に任命しました。これまで個々の学部やSwartz Centerなどで行われてきた起業教育や支援を、大学全体でつなぐために新設された役職です。

8月には起業センターであるSwartz Center for Entrepreneurshipの新しい責任者として、CMU出身でAgility Roboticsの共同創業者であるDamion Shelton氏を迎えました。大学でロボティクスを研究しただけではなく、実際に会社を作り、技術を事業にしてきた人物です。

Swartz Centerの新しい責任者に就任したDamion Shelton氏(右)。後ろの写真は左から、センターの設立を主導し、初代責任者を約15年務めたDave Mawhinney氏、センター設立を支援した著名VC、Accelの創業パートナーJim Swartz氏、Damion氏の就任まで暫定責任者を務めたMeredith Meyer Grelli氏

これらをフィジカルAIへの対応だけで説明するのは行き過ぎでしょう。

ただ、研究成果を生み出すことだけではなく、それを会社や産業につなぐ機能をCMU自身が強化していることは、大学が新設した役職の目的からも読み取れます。

ピッツバーグも、一つの地域として意識し始めた

大学の外でも変化があります。

ピッツバーグには以前からCMUやARM Instituteのほかにも、Robotics Factory(Innovation Worksが運営するアクセラレーター)、Pittsburgh Robotics Networkなど、それぞれロボティクスに強い組織があります。

長くこの地域と付き合ってきて感じるのは、個々の組織は強い一方、それぞれが自分たちの目的に合わせて活動しており、外から見たときにピッツバーグ全体が一つのエコシステムとして見えるとは限らなかったことです。

近年、ニューヨークやサンフランシスコなどでは「Tech Week」と呼ばれるイベントが盛り上がっています。一つの主催者が大規模なカンファレンスを開催するのではなく、スタートアップやVC、企業などが同じ週に街の各所でそれぞれイベントを開催し、全体として一つのTech Weekをつくる仕組みです。ニューヨークでは今年も1週間に数百のイベントが開催されました。

こうしたTech Weekの盛り上がりを受けて、ピッツバーグでも今年9月に初めて開催されたのがStartUP PGHです。

15の地域組織が、それぞれの主要イベントを9月14日から18日の同じ週に開催しました。一つの巨大イベントに統合したのではなく、それぞれの活動を残しながら、ピッツバーグという地域として外に見せる仕組みです。

こうした地域全体をつなぐ役割を担う組織は、個々のスタートアップを支援するアクセラレーターとは少し性格が違います。例えばPittsburgh Robotics Networkのような「エコシステムビルダー」は、個別企業を紹介することよりも、大学、スタートアップ、投資家、企業などを含む地域全体の産業クラスターをつなぐ役割を担っています(参加しているのに、なぜ投資判断に進めないのか(前編) ― 大学への寄付、会員制マッチングが「事業」になりにくい構造的理由)。

StartUP PGHで興味深かったのも、まさにこの点でした。CMUだけが大きなイベントを開くのではなく、それまで別々に活動してきた地域の組織が、それぞれのイベントを残しながら同じ一週間に集め、ピッツバーグ全体を一つのスタートアップ・エコシステムとして見せ始めたのです。

もちろん、研究成果を事業につなげようという動き自体が、ピッツバーグで突然始まったわけではありません。例えばInnovation Worksが運営していたAlphaLab Gearは、スタートアップに大企業との連携機会を提供し、製造やサプライチェーン、顧客との接点を作ってきました。ディープテックでは、優れた技術があるだけでは会社は育たず、こうした大企業や製造業との接続が事業化の重要な一部になります(ディープテック系スタートアップへの投資が日の丸製造業を救う - 日経ビジネスオンライン)

「発明する場所」の、その先へ

そしてStartUP PGHから2週間もたたない9月30日、Griffin氏による30億ドルの寄付が発表されました。

もちろん、ここまで書いてきた出来事とGriffin氏の寄付に、直接の因果関係があるわけではありません。

CMUのコンピューターサイエンスやAI、ロボティクスが今年になって突然強くなったわけでもありません。

Robotics Instituteができたのは1979年です。自動運転の研究にも長い歴史があり、ARM Instituteのようにピッツバーグを本拠としながら全米に作用する組織もすでにありました。

変わってきたのは、それらを取り巻く環境と、それを外につなぐ仕組みの方なのかもしれません。

AIがコンピューターの中から物理的な世界へ広がることで、CMUが長く蓄積してきたものがフィジカルAIという文脈から改めて見えるようになった。

同時にCMU自身も、研究成果を事業につなぐ組織を変え、ピッツバーグでも、個々に活動してきた組織を地域として外に見せようとする動きが始まっています。

そこに今回の30億ドルです。

この資金がCMUとピッツバーグに何を生み出すのかは、まだ分かりません。

ただ、学生だった頃から25年以上この街を見てきた私にとって、いま起きている変化は、かなり興味深いものになっています。