前回に続き、私が2015年からニューヨークで手がけている、米国のハードウェアスタートアップと日本の製造業をつなぐスタートアップ「FabFoundry」のビジネスについてお話していきます。今回はよくご質問いただく、「ソフトウェア開発のシックス・アパート出身の関が、なぜハードウェアを手がけるのか」 に対する回答です。
ニューヨークでFabFoundryを起業
すでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は2003年から11年半務めたシックス・アパート日本法人の取締役を2015年5月に退任し、現在は顧問をしております。「シックス・アパートの関」という印象が強い方からは、「ニューヨークで何をしていらっしゃるんですか?」と質問を受けることがあります。現在は、2011年にシックス・アパートを買収したインフォコム社の米国子会社で、同社の北米事業に関する業務を行いながら、全く別の会社『FabFoundry』をニューヨークで起業し、両輪で活動しております。
FabFoundryは、米国のハードウェアスタートアップと日本の製造業をつなぐプラットフォームを提供するスタートアップです。前回の記事で触れたように、米国のハードウェアスタートアップが陥りがちな「深刻な納期遅れ」を解消するべく、日本の製造業の手助けを受けて問題解決に向けた取り組みを進めているところです。詳しい事業内容については、次の記事をご一読下さい。
ブログもハードウェアも「これから新しく成長していく領域」
シックス・アパートは 、Movable Typeをはじめとするブログ・CMSツールを開発・提供する、いわゆる「ソフトウェア」の会社です。その会社に長く務めた私が、「ハードウェアスタートアップ支援」と言っても、なかなかピンとこないかもしれません。「全然違う分野じゃないか」と感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし私にとっては、「ブログやCMSも、ハードウェアも、自分がビジネスに携わった時点では、これから大きく成長していく潜在力がある領域」という意味では同じに映りました。成長分野にいるだけでワクワクしてしまいます。
シックス・アパートを日本で立ち上げた2003年当時、ソーシャルメディアという概念そのものがなかったどころか、ウェブでコミュニケーションしている人はごく一部でした。ふつうの人はウェブを読むだけで、「ブログ? わざわざウェブで日記を公開して何が楽しいの?」と疑問を持たれたものです。しかし今では著名人から一般人まで多くの人がブログを活用し、もうブログがない世界は考えられません。
私がFabFoundryの原型を考え始めたのは2012年ごろで、ちょうどその頃、「MAKERS:21世紀の産業革命が始まる」(クリス・アンダーソン著、NHK出版)が注目を集め、「メーカームーブメント」が起き始めていました。3Dプリンターやレーザーカッターを使い、素人でもモノづくりできる時代が来る。こうした世の中の流れがある一方、ビジネス視点で見ると、「ハードウェアスタートアップは難しいから」「よく分からないから」と、多くの起業家や投資家は引き続きウェブやモバイルアプリに集中していて、ハードウェア分野への参入者は限られていました。この状況は、15年前にシックス・アパートが立ち上がった時とよく似ています。
新しい成長分野でありながら、先駆者が少なくライバルが多くない。そして、ハードウェアスタートアップを育てるための「エコシステム」が整っていないので、自分たちがエコシステム構築に参画すれば、エコシステムの発展にしたがって自分たちにも伸びしろがある。この2つの理由から、米国のハードウェアスタートアップが抱える問題を解決するべく、FabFoundryの創業に至りました。創業場所をニューヨークにした理由については、次の記事でご説明します。
ハードウェアスタートアップのエコシステムを整えていきたい
スタートアップが成長するために不可欠と言われているのが、「資金」や「人材」など、スタートアップが育っていくための環境=エコシステムと言われています。自社だけですべてのリソースを整備していたら、スタートアップに求められる急速な成長が見込めないからです。ここ10年は、Yコンビネーターに代表される「シード・アクセラレータ」が登場し、スタートアップの成長を助ける仕組みが大きく整いました。しかし「ハードウェア」のスタートアップ向けエコシステムは、米国の中でもまだまだ整備されているとは言えません。
2013年からハードウェアスタートアップ専門のシード・アクセラレータ「AlphaLab Gear」を運営するIlana Diamond所長は「米国では、ハードウェア・スタートアップは、ウェブ/アプリ・スタートアップと比べて、出資を受けるのに苦労している。投資家やメディアの理解が得られていない」として、ハードウェアスタートアップへの注目を集めるために2015年から「National Hardware Cup」というコンテストを全米で開催しています。
しかしアクセラレータやベンチャーキャピタル(VC)が、ただ存在すれば良いかというとそういうわけではなく、さまざまな選択肢があることが重要です。なぜなら1社が「NO」と言ったら、そこから支援されなかったスタートアップには他に選択肢がなく、成長できる可能性が大幅に低くなってしまうからです。そのため、独自の視点や目的でスタートアップを支援する人や企業が増えることで、スタートアップが成長する環境=エコシステムを整えていく必要があります。
ハードウェアの世界ではまだ専業の投資家の数も、スタートアップの数も限られています。全米にはVCが約800社ありますが(NVCA資料)、ハードウェアスタートアップに絞ったVCは7社、ハードウェアにも活発に投資しているVCを含めても約30社しかありません(Bolt Blog資料)。つまりハードウェアスタートアップ向けのエコシステムはまだ成長の途上にあるということです。
以前在籍していたシックス・アパートでは、自社製品のMovable Typeを出した後、Movable Typeを「プラットフォーム」と考えて、ブログやウェブを構築する企業を巻き込んた「ProNet」というパートナープログラムを立ち上げ、Movable Typeを使ったさまざまな「ウェブサービス」を共同で提供して、ウェブサイトを立ち上げるユーザー企業を支援しました。この活動は、自社プラットフォーム上に必要に応じて各種のサービスをパートナー企業と構築した例ですが、FabFoundryでも、これに近いことをしたいと考えています。 1社で取り組んでもなかなか新しいことはできません。しかし当社が中心となりプラットフォームを提供し、ハードウェアスタートアップが成長するために必要な環境をパートナー企業と連携して整えていきたいと考えています。
実際、すでに似たような志を持っている2社と手を組んでいます。1社は京都にあるハードウェアアクセラレーター『Makers Boot Camp』。もう1社はニューヨークにあるハードウェアインキュベーター『NYDesigns』です。両社との連携内容については、こちらの記事をご参照ください。これらの会社と提携することによって、少しずつハードウェアスタートアップ向けのエコシステム拡充に貢献していきたいと考えています。
エコシステムの進化で初期投資が徐々に下がってきた
私がもう一つシックス・アパートでの経験を、FabFoundryでも活かせると思っているのは、これからハードウェアの世界にも訪れるであろう「ビジネスの転換点」についてです。
15年前シックス・アパートを立ち上げた時は、今のようにクラウドコンピューティングという技術はなかったので、ウェブのスタートアップを始めるには、自前でサーバーを何十台と購入する必要がありました。1台あたり50万円〜100万円もするようなサーバーです。それに加えてデータセンター代も払う必要があり、初期投資がものすごくかかったものです(それでも、20年前はさらに悪くて、サーバーも高かったですが、OSやミドルウェアも有料で、ソフトウェアにも何百万円かけていました)。
FabFoundryが支援するようなハードウェアスタートアップも、モノを作るためにはまず原材料や高価な工具などを調達しなければならず、それなりの初期投資を必要とします。モノが完成するまでにはお金も時間もかかり、すぐに結果が見えづらいので、投資家がお金を出したがりません。この「初期投資がかかる」という部分が、シックス・アパートの立ち上げ時にとてもよく似ているので、私自身解決できる下地があると思っています。
ウェブの世界では、まずソフトウェアの「オープンソース化」により、高価なソフトウェアと同等な機能を持つソフトウェアが低価格で利用できるようになりました。さらに、サーバーをシェアして販売する「クラウドコンピューティング」が登場し、利用が少ないスタートアップがとても少ない初期投資で使い始められるようになりました。
ハードウェアスタートアップの世界でも似たような動きが起きています。高価な工具などをシェア(共同利用)できる「メイカースペース」や「ファブラボ」などはこの5年間で急速に広がり、初期投資はかなり抑えられるようになってきました。またソーシャルメディアを利用して多くの人に伝わり、出荷前に代金が入ってくるクラウドファンディングサービスが登場し、ハードウェアスタートアップが必要とする初期費用は、ここ5年でずいぶんと下がりました。
このようにハードウェアスタートアップ向けのエコシステムは、確実に改善しています。まだVCなどの投資家が少ないことや、納期遅れの大きな原因である量産のノウハウ不足などの問題はありますが、ここについてはFabFoundryが提供するプラットフォームが、エコシステムの整備に一役買うのではないかと考えています。
売り切りから定期課金モデルへと変わっていったウェブサービス
もう一つ、これから来る潮流にも、私が支援できる理由があると考えています。
今ではあまりに一般的なので信じられないかもしれませんが、15年前にはソフトウェアやサービスは「売り切り」が当たり前で、月額制などの「サブスクリプション型」の課金モデルは広がっていませんでした。毎月固定費を払うのはイヤなので、最初にハードウェアもソフトウェアもすべて買ってしまいたい、と。その結果として、ベンダーは製品になるべくたくさんの機能をつけて、一回売っておしまい。そういう事業モデルが一般的でした。
しかしウェブサービスというのは、製品にバグが見つかったりOSが変わったりしたら、都度アップデートをしていかなくてはいけません。アップデートは基本的に無料提供が当たり前だと思われているので、売上は増えないのにサポートは延々継続していく。そうした費用を捻出するためには「バージョンアップ版」を発売し、改めて課金する必要がありました。昨今ではWindowsに代表される「売り切り」製品が苦戦しているので分かる通り、ビジネスを継続していくのは難しいモデルでした。
そこで次第に増えていったのが、サーバーやソフトはベンダーがクラウドベース管理し、サービス内容に応じて課金するサブスクリプション型の課金モデルです。毎月売上が発生しますので、長期的なサービス提供に向いたビジネスモデルです。しかしユーザーがサービスを継続するためには、絶えず機能改善がなされていないといけないため、製品の開発方針やサポート体制が、売り切り製品とはずいぶんと異なります。
こうしたビジネスモデルの変遷がシックス・アパートに限らずウェブ業界全体として起こったわけですが、多くの企業、特に大企業は月単位のサブスクリプション型モデルに移行するのに手間取り苦労してきました。引き続きソフトウェアの売り切りとバージョンアップに依存するモデルを続けましたが、気づけばユーザーは誰もソフトウェアをバージョンアップしなくなっていったのです。
ハードウェアも「ウェブサービス」の考えを取り入れていく時代になる
このビジネスモデルの変遷は、これからのハードウェアにおいても通じるところがあります。今は多くのハードウェア製品、とくにいわゆる「ガジェット」はインターネットにつながっているのが当たり前の時代です。OSのアップデートなど、外的要因の仕様変更などで、絶えず機能をアップデートしていかなくてはいけません。アップデートがないガジェットは、使われなくなるでしょう。そうすると、ソフトウェアが売り切りモデルから、サブスクリプション型へと移行していったように、ハードウェアの世界でも、購入時の値段は安いけれど毎月、定額の売上があるような仕組みを取り入れる必要があります(ウェブサービスの場合は、月額制だけでなく、 広告モデルやアイテム課金など、さまざまな課金の仕組みが考案されました)。
こうしたビジネスモデルを取り入れるのに不可欠なのが、ウェブサービスのテクノロジーです。ハードウェアスタートアップの多くが、いずれは「ソフトウェア技術」や「ウェブサービスのビジネスモデル」を取り入れる転換点を迎えるはずです。そうした転換点をどう乗り越えるのか。私がシックス・アパートで培った経験やノウハウが、ハードウェアスタートアップに役立つと信じています。