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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

アメリカで会社を設立する方法は、ネットで調べれば日本語でも見つかります。しかし「起業して、エンジェルやVCから資金調達をするための一般的な会社設立」をする方法は、実はなかなか見つかりません。

「ベンチャー企業としてオススメはLLCです」という記事も見かけます。しかしLLCではストックオプションが使えません。なぜならLLCには「株式」という概念がないからです。

なぜこういうことが起きているのかというと、米国で会社設立をする人の多くが、「飲食店を始めたい」「コンサルティングを立ち上げる」といった「スモールビジネス」だからです(LLCや後述のS-Corpという会社形態は、オーナーが節税しやすい形態です)。

そこで2021年新春の企画として「アメリカで起業する」というテーマで、いくつか記事を書いていきたいと思います。第1回は「会社設立」についてです。

FabFoundry, Inc.を2015年2月11日にデラウェア州で設立登記

米国で、VCから資金調達をするスタートアップを設立するには、以下のルートが王道です(なぜ王道かが気になる人は文末の【おまけ】 なぜ「王道」と言えるのかをご覧ください)

  1. デラウェア州で「C-Corp」を設立する
  2. 予定発行株式数(Authorized Shares)は1000万株、創業メンバーには合計で500万株を発行
  3. IRS(内国歳入庁)へ納税番号を申請する
  4. 実際に事業を行う州(例えばオフィスをニューヨークに置く場合はニューヨーク州)でライセンスを取得する
  5. 銀行で法人口座を開設する
  6. 社員に給与を支払う場合は、オフィスのある州と社員の住む州で、州税に関する届け出をする

実際には各ステップで、色々と決めないことがたくさんあります。ですので、まずはなるべく最低限の手続きだけを済ませましょう。

会社設立の一連の手続きを進めるには、1) すべて自分で行う、2) Stripe社のAtlasというサービスを使う、3) スタートアップに詳しい弁護士に依頼する、という選択肢があります。

1. すべて自分で行う

ジェトロが、デラウェア州で会社を設立登記する方法などを詳しく説明しています。以下のページを参考にすれば、時間はかかりますが、最低限の費用で設立することが可能です。

Atlasを使う場合や、弁護士に頼む場合でも、会社設立に関する流れは知っておく必要があるでしょう。ですので、面倒でも上記のジェトロのページは一読しておくと良いでしょう。

2. Stripe Atlasは簡単低コスト、でもデメリットもある

2016年にStripe社が提供開始したAtlasを使うと、500ドルで次の面倒なプロセスを全部やってくれます。

  • デラウェア州での会社設立
  • 会社設立に必要な各種契約書(Bylaws=定款や、会社と創業者・社員との知財に関する契約など)
    • 創業者や社員から、会社へ知財が正しく移転していないと、VCは投資をためらいます
  • 創業者への株式の割当の手続き
  • デラウェア州における会社存続に必要な登録代理人(Registered Agent)の初年度費用(2年目以降は100ドル/年)
  • IRS(内国歳入庁)への納税番号の申請
  • SVBでの銀行口座開設
    • シリコンバレー銀行(SVB)に法人口座を持てます。ただし月平均で預金残高が2万5000ドル以上ないと、月額25ドルの口座管理費が必要です

Atlasを使う上で、一部の人が引っかかるのは「SVBの口座維持に月額25ドルかかる」という部分です。

しかし現実問題として、銀行口座の開設は、それなりに面倒ですので、年間300ドルを必要経費と考えることも出来ると思います。SVBには口座管理費が不要な法人口座のサービス(SVB Startup Banking)もありますが、Atlas経由では入れないようです。口座開設のための与信などを簡素化しているために、安いサービスは提供しないのかと思われます(2019年時点)。

私自身、大手銀行で法人口座を開けなかったことがあります。個人の銀行口座を持っていたBank of Americaで法人口座の手続きをしたことがありますが、窓口ではOKだったものの、一括処理センターから電話がかかってきて「外国人が25%以上、所有する会社の法人口座は作れない」と言われました(2015年の話で、現在の対応は不明)。最終的にCitibankで法人口座を作りましたが、オンラインでのサービス内容があまり良くなかったのでChaseに乗り換えて今に至っています。

なお三菱UFJフィナンシャル・グループのMUFG Union Bankは、米国で日本人が銀行口座を開きやすいので一部で有名ですが、法人口座の手続きが可能な店舗がカリフォルニア州にしかないため、ニューヨークで起業した私は試せませんでした。

最近ではAtlasの競合サービスも増えているみたいですので、以下にリストしておきます(私は他のサービスについてはウェブ検索で知った程度ですのでリストするにとどめます)。

3. 弁護士に頼むにはメンターを介するのが早道

私は1回目の設立は、ビザの取得なども必要だったために、弁護士事務所の弁護士に頼みました。2回目は、そのときの知識をベースに、親しい個人の弁護士に頼みました。2回目ではフィーを抑えるために、現金と2%の株式(Warrant)の組み合わせで請け負ってもらいました。

会社設立の後も、事業ライセンスの届け出や、資金調達、ストックオプション制度の承認など、弁護士なしでは、イベントのたびに会社の運営が止まります。ですので、Atlasを使う場合や、自分で手続きをする場合でも、並行してスタートアップの実務に詳しい弁護士を探しておく必要があるでしょう。

アクセラレーターやインキュベーターなどに参加すれば、こうした業務をアドバイスしてくれるスタッフが揃っています。

もし、こうしたプログラムに参加できていない場合は、米国でのスタートアップの実務に明るいメンターやアドバイザーを探して、助言をもらうべきでしょう。

日本ではまだあまり知られていませんが、メンターやアドバイザーと継続的に付き合うには、Founders Instituteが作ったFAST (Founder / Advisor Standard Template)という契約書を使うのが簡便です。FASTを使うと、メンターやアドバイザーにストックオプションと引き換えに、定期的にアドバイスをもらうことが出来ます。

FASTで規定されているアドバイザーへのストックオプションの相場(目安)は、以下のようになっています(詳細は、リンク先のFASTの「Schedule A」などを見てください)。

貢献内容の目安 アイディア
ステージ
スタートアップ
ステージ
成長
ステージ
標準的
(5時間/月)
0.25% 0.20% 0.15%
戦略的
(10時間/月)
0.50% 0.40% 0.30%
専門的
(20時間/月)
1.00% 0.80% 0.60%

このように、米国では起業に関連するプロセスやドキュメント、契約書などの多くが「標準化」されており、こうした業界標準のドキュメントを使うことで、契約書の作成や交渉の過程で、あまり弁護士の時間を使わなくて済むようになっています。

「アメリカで起業する」シリーズ、いかがでしたか? 次回は「(2) 資本政策とストックオプション」です。


【おまけ】 なぜ「王道」と言えるのか


記事では当初、シンプルな「王道」ではなく、それぞれの項目ごとに「なんで、そのようにするのか」という解説をつけていました。しかし、この記事を読むような人は、解説を読んでもすぐには納得できず、むしろ「起業は面倒だな」と思ってしまい兼ねません。なので、そのあたりの詳細は削り、以下に順不同でまとめました。

  • 「LLC」や「S-Corp」はオーナーが節税したいスモールビジネス向けです
  • 事業を立ち上げる州で法人(LLCやCorp)を登記してしまっても、後からデラウェア州でC-Corpを設立して、先に設立した会社を吸収合併すればデラウェア州法人に移行できます。しかし二度手間になる上、デラウェア州での登記時に、すでにデラウェア州で同じ名前の会社があったら、その名前では登記できないなど、リスクもあります
  • フランチャイズ税を抑えるために発行株式を5000株以下にしてしまうケースを散見します。しかし資金調達ごとに発行済み株数は増えていき、それに従ってフランチャイズ税がリニアに増えてしまいます。また日本と異なり、全従業員にストックオプションを発行するのが一般的な米国では、株数が少ないとキメ細やかなストックオプション運用ができなくなってしまいます。
  • 株式を大量発行している場合のフランチャイズ税の算出は、予定発行株式数による算出でなく、みなし額面資本による方法を使うのが一般的です。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
  • デラウェア州フランチャイズ税の計算方法(中級者向け) - アメリカ会社設立代行・米国起業のマークリサーチ
  • 実際の本社を置く州で事業ライセンスを取得する
    • 事業のライセンス(届け)は、州ごとに必要です。他州で登記した会社は「Foreign Corporation(外国の会社)」と呼ばれます
  • 社員の住んでいる州ごとに州税の届け出る
    • 日本でも社員の住民税の特別徴収をする際に届け出が必要ですので違和感はないかと思います