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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

Silicon Valley is built to fund software companies, not hardware(今のシリコンバレーはソフトウェア会社を支援するために作られている。ハードウェアのためではない)」― スタートアップ支援の老舗Y Combinatorの元CEOであるMichael Seibel氏の言葉である。



Y CombinatorのMichael Seibel氏はPodcastの番組中、このフレーズを使った

スタートアップが成長するために必要なコストや時間が、ソフトウェアに比べて大きいため、企業価値が上がりにくいし、創業者や初期の投資家が十分なリターンを得られないため、多くのVCが、ハードウェア系スタートアップへの投資に尻込みするのは、米国でも同じである。

一方で、ハードウェアを基盤にしたスタートアップへのニーズは一層の高まりを見せている。地球温暖化を防ぐ気候変動対策技術(Climate Tech)の多くでは、工業的な手法においてイノベーションを起こしていく必要がある。実際、現在日本で議論が盛んな電気自動車(EV)は、地球温暖化を防ぐイノベーションの一つだ。

Climate Techで大きな存在感を示す米国のディープテックVCの一つSOSVは、ハードウェア・アクセラレーターHAXの米国の本拠地をニューアーク(ニューヨーク郊外)に移転し、気候変動対策や工業向け、ヘルスケア向けの開発をするスタートアップの基盤インフラに据える考えだ。「10年前、HAXはウェアラブル製品を開発するスタートアップ向けに始まりましたが、今ではHAXに参加するスタートアップの70%が既存産業の破壊者であり、25%がヘルスケア分野です」(HAXのパートナーGarrett Winther氏)と、ハードウェア・スタートアップの裾野の広がり、脱炭素や医療といったサステイナブルな社会に必要なスタートアップの基盤になっていることを示唆する。

こうしたスタートアップのエコシステムの変化にあわせて軌道に乗り始めているのが、ハードウェアを使った分だけ課金するHaaS(Hardware-as-a-Service)型のビジネスモデルである。

米シリコンバレー銀行の調査(The State of Hardware-as-a-Service)によると、2017年には28億ドルだったHaaS企業へのVC投資は、2021年には4倍弱の104億ドルに跳ね上がった。



2021年は資金調達数は前年比11%増だったが、金額ベースでは約2倍に急増。産業セクターとしては工業分野が約3分の1を占める

さらに細かく見ると、2021年から2022年にかけて、HaaSスタートアップと、従来型のハードウェア・スタートアップの資金調達のトレンドに違いが出てきたようだ。具体的には、HaaSスタートアップがVCから集めるシードラウンドの資金調達額が、HaaSでは大きく跳ね上がっているのに対し、従来型ハードウェア・スタートアップはジリジリと下落しているのが分かる。

販売方法による、VCからの最初の資金調達の金額の推移(出典: Silicon Valley Bank


株式以外の資金調達を模索するスタートアップ

シリコンバレー銀行がこのような調査をしているのには理由がある。HaaS型のビジネスモデルは、ハードウェアを作るのにかかったコストをすぐに回収できないため、従来型のハードウェア・スタートアップより初期に必要になる資金が大きくなる。そのため株式による資金調達では株式の希薄化が顕著になる。そのため、創業者や初期のVCは、知らず知らずにHaaS型のビジネスモデルを敬遠しがちになる。

シリコンバレー銀行は、いち早くHaaS型のスタートアップに対する融資型の資金提供を始めており、将来が有望なHaaS型のスタートアップを推進するために、このような調査レポートを公開したのだろう。

ただし、株式だけによる資金調達と比べて、融資やリースなど非株式型の資金調達(総称して「Venture Debt」と言われたりする)を組み合わせるのは、高度なファイナンスの知識と経験が必要になる。そのため創業初期のスタートアップは、なかなか手を付けられないのが実情である。一時期、ボストンをベースにするDragon Innovation社(2017年にAvnet社が買収)が、ハードウェア企業の資金繰りを改善するコンサルティング・サービスを提供していた。しかしコンサルティング料が高価なため、サービスを受けるスタートアップが少なく、スタートアップ向けのサービスは止めて、大手向けにピボットしたのは記憶に新しい。

最適な資金調達を支援するスタートアップが登場

ただ最近は、ハードウェア・スタートアップのHaaS型ビジネスモデルの支援をするスタートアップが登場してきている。ニューヨーク発のPerl Street社は、その一つである。Y Combinatorの2022年冬の卒業生でもある同社は、ハードウェア・スタートアップがHaaS型のビジネスモデルに転換する際に、製品の原価などのコストや販売予想、HaaSの月額課金額や、スタートアップの財務状況などを入力することで、最適なHaaS型ビジネスモデルや資金調達方法を提案し、そのオペレーションを支援するサービスを提供している。

「2020年のサービス開始以来、2億ドル以上の各種の融資を、クライアント企業に届けてきた」(Perl StreetのTooraj Arvajeh CEO)。しかし米国でも、非株式型の資金調達は、また一般的にはなっていない。

「SDGs」のような掛け声もよいが、持続可能な社会を作るために必要な新しい製品やサービスを開発するスタートアップを成長させるためのインフラとして、こうした新しい金融手法を、日本でも積極的に展開できる未来を期待したい。