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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

シリコンバレーのスタートアップBrelyonの創業者兼CEOのBarmak Heshmat氏のブログ記事「10+ Painkillers for Scaling Hardware Startups」の翻訳記事を、本人の許可を得て掲載します。

Brelyonは、eスポーツやメタバースなどのVR環境を、没入型パノラマ・ディスプレイで実現できる、次世代ディスプレイを開発・販売するスタートアップ企業です。Barmak Heshmat氏は同社の創業者兼CEOで、マサチューセッツ工科大学(MIT)のMedia Lab出身です。ビクトリア大学(カナダ)で、光電子工学とナノマテリアル分野の博士号を取得。2020年にシリコンバレービジネスジャーナル誌の「40歳未満の40人」に選出されています。プロフィール(LinkedIn/MIT


10年前、著名VC(ベンチャーキャピタル)であるAndreessen HorowitzのMark Andreessen氏は、「ソフトウェアが世界を飲み込んでいる」と指摘しました。

そして今日、ベンチャー資本の大部分がソフトウェアとAIサービスに流れています。私はこの状況を「ソフトウェアが世界を飲み込み、AIサービスがそれを完全に消化している」と理解しています。

「シリコンバレー」は、いっそ「SaaSバレー」と改名したらどうでしょう。

しかし私たちは「物理的」な世界に住んでおり、多少、誇大広告かもしれませんが、インフラと私たちの物理的な技術の体験は、ハードウェアのイノベーションの拡大に依存しているのが実情です。

シリコンバレーの投資家の多くは、「次のFacebook」や「2年で1000倍のリターン」を探すのが好きです。

しかし私たちが使っている最も影響力があり、「有害」でさえあるテクノロジーが一般に広まったのは、痛みを伴う深い技術革新に基づくもので、スタートアップの並々ならぬ実行力と、創業者の苦痛を耐える力なしでは実現できませんでした。

こうした思いは、Bill Gates氏や、著名VCのKPCBやLux Capitalのような投資家は、今でも持ち続けています。

ハードウェア・ビジネスは、市場の急激な変動に対してより堅牢であることが示されています。

最近では、米国政府が製造業の米国への回帰を奨励し、経済のインフラにおいてより戦略的な役割を担っています。


左がGuitar Heroを開発したRedOctaneの共同創業者Charles Huang氏、右がBrelyonの創業者CEOであるBarmak Heshmat氏。


Apple、Bloomberg、Tesla、Amazonなどを実現したディープなハードウェア・イノベーションから、Peloton、Bird、Nestといった、より高度なクリエイティブを提供するサービス企業まで、ハードウェア事業は難しいことで知られています。

ハードウェア・スタートアップが直面する大きな問題の一つは、スケール(規模)です。ハードウェア・ビジネスの大半は、スケール・メリットが効いてはじめて機能するものなので、多額の初期資本投資と、市場での普及におけるテール・リスク(確率は低いが、発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)が存在します。

そこで今日は、私の大切な友人の一人で、ハードウェア製品の規模拡大を成功させた実績を持つCharles Huang氏と対談し、この規模の問題に対する彼のヒントや洞察を聞いてみました。Huang氏は、楽器とゲーム機の接続が当たり前でなかった時代に、世界で何千万台も売れた「Guitar Hero」を開発するなど、いくつかのハードウェア・スタートアップにおけるパイオニア的な存在です。

インタビューの全文は以下のとおりです。ここでは、3つのフェーズで、事業をスケーリングする方法について、重要な15点を抽出し、ご紹介します。

第1段階: 市場適合性 - 資金をかけずにゼロからイチへの道を切り開く

Huang氏は、マーケット・フィットが、スタートアップにとって最も難しいものだと考えています。「10倍良いルール」、「リーンスタートアップの方法論」、「すべての人が好むのではなく、少数の人が好む製品を見つけること」などについて、よく耳にするのではないでしょうか。

またY-Combinator(サンフランシスコの老舗アクセラレーター)によるElad Gil氏へのインタビューで、ソフトウェア企業にとって、プロダクト・マーケット・フィット(顧客が満足する商品を、最適な市場で提供できている状態)とはどういうものかを聞いたかもしれません。

しかしハードウェア企業では事情が異なります。ここでは、より少ない痛みで、より早く市場に適合させるための6つの解決方法を紹介します。

1. 顧客とのイテレーション(やり取りの反復)は速く、自分自身とのイテレーションはもっと速く

創業チームは大量のプロトタイプを作ることになりますが、残念ながら多くがゴミ箱行きになるでしょう。ソフトウェア企業と異なり、毎週コードを更新するといった「ぜいたく」はできませんので、戦略的に考える必要があります。

このプロセスの苦痛を軽減する最善の方法は、プロトタイプを作るときに、自分に最も批判的になることです。

「このプロトタイプで何を証明しようとしているのか?」「プロトタイプでの仮説を検証するための最小限の実験とは?」といったことを自分に問いかけます。

仮説が検証されたら、プロトタイプづくりを始め、フレンドリーな顧客を連れてきて、彼らの話をじっくりと聞いてください。そうすることで、ゴミを捨て、より速く、より少ない資金でMVP(実用最小限の製品)の調整をすることができます。

Huang氏の方法:あなたが売っているものを深く理解し、軋轢をなくすように努め、その価値すべてを顧客に素早く届けることです。彼はこのことを「早いもの勝ち」と呼んでいます。なぜなら、Guitar Heroで売っている本当の価値は「楽しさ」だと気づいたからです。一般的な用語では、これは「価値を生むまでの時間」と呼ばれています。

特に私のように研究生活が長い人間は、頭の中で「価値を生むまでの時間」をいかに短縮するかということを繰り返し唱えなければいけません。

なぜなら、技術的なバックグラウンドを持つ人は、顧客に価値をもたらすことよりも、技術的なスペック(10倍速くできる、もっとコンパクトにできる、エネルギーをx%節約できる)に興奮しがちだからです。

しかし、現実の世界は、技術的な名声ではなく、価値の交換に基づいて動いているのです。

繰り返しになりますが、技術的なスペック=価値ではありません

実際、ほとんどの場合、技術スペックが高ければ高いほど、またシステムが高度であればあるほど、価値を生むまでの時間を引き伸ばしています。

エンジニアリング用語で言うなら、あなたの目標は「価値を提供するマシンを作る」ことであり、既存の製品に過剰なエンジニアリングを施したり、技術チームに感銘を与えることではありません。

Huang氏は、熱烈な顧客を採用し、社内のイテレーションを支援させるという興味深い手法も使っています。

2. 並行するパイロット・テストをハックする

パイロット・テスト(予備的な実験)の小さなメニュー(3〜4個以下で、原則的にあまり離れていないもの)を作り、提供するものを「伸ばしたりひねったり」して、顧客の反応を見ます。こうすれば、最初からひとつのアイデアに完全にコミットする必要はありませんし、どの方向にもっと注意を払うべきかを牽引力に任せることができます。

3. 受託:イエスかノーか?

投資家は、創業者が多くのNRE(non-recurring expense: 一時的な開発経費。日本でいう受託)プロジェクトを引き受けたと言うと、鳥肌が立ちます。なぜでしょうか?

投資家は、シリーズBの資金調達までに、年間1000万ドル以上の売上を見たいと思っています。これは、投資家にとって、多くの企業を素早く選別することができるため、素晴らしい指標となります。

しかし、ビジネスとしてのあなたには、計画を成功させるための切り札が限られており、他のビジネスに飛びつくことはできません。それでも、創業者の皆さんは(1)買収や投資の際のエントリー候補となる、(2)ある程度の収益と業界の信用を得られる、という2つの理由から、NREの素晴らしさを実感しているのではないでしょうか。

確かに、24時間365日現金を生み出す「金のなる木」があるのがベストです。しかし特に厳しい時期には、こうした受託を全くしないよりは、業界の信用といくつかのカードを持っている方が良いのです。

NREの欠点は、競合他社にIPを公開することになり、より大きなマーケットから目をそらす可能性があることです。ですから、NREは主要なビジネスではなく、より大きなチャンスに向かう手段であるべきです。もし、NREの機会が不明確であれば、それは良いNREとは言えません。

4. 「ピボット」の練習

計画、チームとのコミュニケーション、そして投資家とのコミュニケーションにおいて、ピボット(事業の方針転換)のための余白を空けておく。完璧で正確な計画を立て、それを完璧に実行することが最良の事業遂行に思えるかもしれませんが、残念ながら世の中はそううまくはいきません。スタートアップは、赤ちゃんのようなものです。厄介で、気難しく、環境に影響され、しばしば予測不可能なことが起こります。

もし、あなたが早い段階で変化やシフトが起こることを想定し、指針となる一連のコアバリュー(中核となる価値観)を維持していれば、何かが変わるたびに期待をリセットするような苦痛を味わう必要はなくなるのです。

5. 試行錯誤をやめて、販売を開始する

顧客に有意義な価値を提供するためのハードルは、通常、あなたが期待するよりもはるかに高いものです。しかし、あなたの周囲にいる人たちは、厳しい現実を伝えようとせず、優しい言葉で励ましてくれるでしょう。

最初のうちは、ほとんどすべてが自分にとって不利に思えるかもしれません。スケールメリットがないため、製品は高価になり、巨額の資本がないため、製品を思い通りに改良する時間や資金を確保できず、市場は常に少し違ったものを求めているように見えます。

パイロット版から大規模なものへと製品を成熟させるには、パイロット版を「前菜」のように考えます。メイン・ディッシュの前の前菜のように販売し、利用し始めてもらう必要があるのです。

パイロット・テストは、最後に「イエス」「ノー」という答えが出るような実験であってはなりません。むしろ、あなたが顧客に売り込んだビジョンに向けた、立派な一歩であるべきです。

その動きは、契約に向けた覚書や、具体的な契約である可能性があります。

セールス活動での苦労を軽減する方法は、顧客が「これはすごい」と思えるような要素をとらえることや、顧客がこの協業から大きな価値を得られるという具体的なイメージを伝えることです。例えば、顧客が大量のコストを節約できることや、市場におけるリーダーシップや優位性を提供できることなどです。

6. 新規性の売り込みから始める。深刻に考えすぎない

Huang氏は、GameStop社との協業について、その斬新さゆえに、GameStopという専門業者がその製品(Guitar Hero)を販売せざるを得なかったことを話し、「新規性」ということについて強調しています。どのような製品であれ、繰り返し売れるような大規模な販売に至るまでには、間違いなく多くの新規の売り込みが存在します。それを探ってみてください。

あなたの製品が斬新であるという理由だけで、どうしても手に入れなければならない企業、顧客、ユーザーなどは誰でしょうか?その人たちのところへ行って、売り込みをしてみましょう。そうすれば、販売サイクルが改善されるだけでなく、そのような業界の人々にも、あなたのソリューションを知ってもらうことができます。

第2段階: 小規模 - 10万ドルから1000万ドル

さて、市場適合性が見えてきました。あなたは100万ドル未満の製品を販売し、小規模なスケールに移行したいと考えています。

新規性のある販売から、繰り返し販売するためにはどうしたらよいでしょうか。チーム側ではどうすればいいのでしょうか?パートナーの側では?技術面では?

一番やってはいけないのは、顧客を一人ずつ囲い込もうとすることですね。私は、創業者に優しい投資家の一人であるOne Way VenturesのSemyon Dukach氏から、Geoffrey Moore氏の著書「Crossing the Chasm(邦題: キャズム)」を学びました。そこには、ビーチヘッド(海岸堡)市場と市場ポジショニングにいかにフォーカスするかについて広範囲に述べられています。この段階では、ギアをシフトしなければなりませんが、これは痛みを伴う作業です。ここで、いくつかの方法を紹介しましょう。

1. 新規性の罠、すなわち「キャズム」から抜け出せ

新規性の売り込みは初期の段階では、賞の受賞や、マスコミに取り上げられること、シリーズAの資金調達などには、とても有効です。しかし、このような売上は、あなたのソリューションが有効であることを示す話題作りにはなりますが、あなたの会社が本当にユニコーンになる証明には十分ではありません。

つまりTechCrunchやNYTimesといったメディアが、あなたの請求書を支払うことはありません。この規模では、自分の思考回路を破壊する必要があります。

直線的なシステムを維持しながら、非直線的な結果を期待することはできません。痛みを軽減するために考え方を変えて、「世界で一番」「世界で最高」「先見性のある学術的な考え方」などから離れ、運用可能な「市場所有」の考え方へと移行しましょう。

何が残り、何が増幅され、何が削られなければならないのか?パートナーシップや契約を利用することや、限られたニッチ市場で最低注文数を設定することもできます。これは、一部の顧客を警戒させるかもしれませんが、そのような一度きりの顧客は、あなたの最優先事項ではありません。

2. 少ない苦痛でファネルをロックする

これはおそらく、数十台から千台への移行で最も困難な部分です。契約メーカーは通常、大きなコミットメントを求め、まだ持っていないかもしれないボリュームを前金で請求してきます。どうすればこの痛みを軽減できるのでしょうか?

Huang氏は素晴らしい解決策を持っています。ディストリビューターやパートナーと協力して、その前払金の一部や在庫分を支払ってもらい、その見返りとして販売価格を割引するのです。予約販売という方法もありますし、Kickstarterのような多くのクラウドファンディング・サイトも役に立ちます。もっともディープなハイテク製品や企業向け製品は、クラウドファンディングではうまくいきません。さらに、Kickstarterのキャンペーンが失敗すると、チームの士気や投資家の信頼が低下する可能性があります。それよりも、業界特有のパートナーを持ち、スケールアップを支える方がずっと効果的です。

3.自動化、自動化、自動化

手作りでカスタマイズされた販売プロセスを避け、可能な限りプロセスを自動化しましょう。このとき、優れたウェブサイトやメディア、口コミや販売面での提携、プラットフォームが役立ちます。


4. 契約メーカーと販売代理店を正しく選ぶ

賢く選ぶこと。特に単一製品を販売する場合は、この選択が会社の行く末を左右することもあります。

Huang氏は、製造を受託する製造請負業者の性格を知るために、小規模なプロジェクトから始めることを勧めています。この規模になると、柔軟性があり、親しみやすい製造請負業者が必要で、市場のビジョンに共感してくれる人が必要です。

また、常にベンダーと製造請負業者を段階的に準備しておくことで、万が一失敗した場合でも、代替プランを用意することができます。

この情報は、彼らがあなたと同じリーグにいることを確認するために重要です。大きすぎる製造請負業者も小さすぎる業者も、将来的に問題を引き起こす可能性があります。

製造請負業者の約束には注意が必要です。多くの製造請負業者(特に小規模の業者)は、当初は良い取引内容で契約しても、その後、それを守らず、実現できなかったら何でもかんでも他人のせいにする場合があります。契約書に正しい条件を盛り込むことで、こうした悪影響を防ぐことができます。

5. 説明しすぎ、文書化しすぎと思われるぐらいまでやる

きわめて初期の段階では、何度か電話やミーティングをすればすぐに解決します。しかし100台を超えると、あなたの製品との付き合いの浅い、より大きなチームとコミュニケーションをとる必要があります。

製造請負業者やOEM/ODM業者とのやりとりを減らすために、非常に詳細で明確なドキュメントを作成しましょう。チーム内に文書化の責任者を置き、情報がどのように記録され、伝達されたかを追跡するように指示します。1オンスの文書化は1ポンドの明確化の価値があります。

第3段階: 大規模 - 1000万ドルから10億ドル

ほとんどの人はこの規模に到達することはありませんが、その典型的な痛みとはどのようなもので、どのように準備すればよいのでしょうか。

Huang氏は、この段階では、目に見えない多くの項目が大きな問題になると指摘します。ここでは、それらの(意外な)項目とその解決方法を紹介します。

1. 物流と顧客サービス

当然ですが、物流を管理する提携先や取引を考えなければなりません。全部または一部を販売店や小売店との取引に折り込んでもらえば、多くの頭痛のタネを解消できるはずです。

小規模の場合はあまり考慮されない目に見えない項目の1つは「箱の大きさ」です。Huang氏は、量販店や卸売業者はスペースが限られていることが多いので、製品を考えるときには、まず箱のサイズを考えるそうです。

2. サプライチェーンの問題

数百万個という単位になると、基本部材そのものがボトルネックになる可能性があります。部品の供給元を確認するだけでなく、供給元の材料供給元も心配しなければならなくなります。変わった部材はなるべく使わないようにしましょう。

Huang氏は、バックアップ部材をいくつか用意しておき、サプライヤーとの交渉にそれを利用することも勧めています。

3. 小売店との取引を有利に進める

小売店には、通常、数量とトレンドに基づいた製品ランクがあります。Huang氏は、これらの階層を次のように呼んでいます。

まず専門小売店。特定のニッチな分野で独自性を発揮しているため、貴社の製品を欲しがっている小売店です。GameStopやHome Depotのようなチェーン店がこれにあたります。

次に、BestBuyやMicro Centerなどのテクノロジー系小売店、そしてCostco、Walmart、Targetなどの量販店です。これらすべてのドアを開けるために、常に複数のオファーと信頼できるブランドを製品の背後に置くようにします。

4. 大規模な市場ポジショニング

マーケティングは非常に高価であり、効果もありません。この規模の製品を販売する最善の方法は、素晴らしい製品を用意し(当然です!)、潜在的な顧客にそれを体験してもらうことです。

Huang氏は、いくつかの小売店で「インショップ・デモ・ステーション」という企画を行いましたが、これは販売拡大に非常に効果的でした。これは製品の種類にもよりますが、Costcoでのサンプル展示やTeslaの店舗での試乗など、他でも同じような取り組みが見られます。

このような考え方が、ハードウェアのスタートアップの創業者の苦しみを少しでも軽減することを心から願っています。粘り強い努力に代わるものはありませんが、正しい方向に努力し、苦痛を最小限に抑えてはいかがでしょうか?


  • 上記の対談のビデオが、以下のYouTubeページから閲覧できます(英語)