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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

日本政府が「スタートアップ育成5か年計画」を公開し、その内容について日経ビジネスに寄稿してから1年が経過しました(岸田政権のスタートアップ立国戦略に欠けているもの:日経ビジネス電子版)。

この計画の中で日本政府が重点産業に据えたのが「ディープテック」。ソフトウェア・SaaS系では、米国などに大きく水をあけられたこともあり、「基礎研究」に強い日本の強みを活かす戦略で、「5年間で1000億円」の予算を確保するNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)などを通じて、ディープテック分野のスタートアップとそのエコシステムに積極的に投資する考えを明らかにしています。

戦後の日本の成長を支えた「製造立国」のコンセプトは、21世紀になり「ディープテック立国」に姿を変えて、今また日本政府に推進されているようです。

ただ懸念もあります。今まで中央研究所などでやっていた製品化への試みが、スタートアップの身軽さによって「スピードアップ」することはできても、ディープテック・スタートアップの「事業化」のためのリソースは、まだまだ不足しています。「事業化」への意識が希薄なまま、補助金などが注ぎ込まれる今の施策は、今までの大企業が自社内や研究機関と実施してきた共同開発と変わらない結果を生む可能性があります。

この5年でエグジットが急増した米国のディープテック

では何が足りないのか。ディープテック・スタートアップに対する施策でいま、本当に必要なのは「出口(エグジット)の確保・多様化」ではないでしょうか。

日本は米国などに比べてIPO(新規株式公開)がしやすい環境のためか、M&Aに対するネガティブな印象のためか、事業会社による買収、いわゆるM&Aによるエグジットは、まだとても少ないのが現状です。

また最近の「ユニコーンを増やす」風潮によるのか、ディープテック分野でのIPOの件数も、あまり増えていないようです。

一方、米国では、シリコンバレーの投資家が、2000年代半ばあたりから、ソフトウェアやSaaS系のスタートアップへの投資に偏重しはじめてから、「シリコン」バレーと言われてきたサンフランシスコ・ベイエリアも、北部にあたるサンフランシスコを中心に、ソフトウェア系のスタートアップが急増しました。

それでも、今をときめくOpen AIのSam Altman氏が著名アクセラレーターY CombinatorのPresidentだった2016年秋に、ソフトウェア以外のハードテック系の創業者を増やしたいというブログ記事(Hard Tech Startups)を書いたぐらいから、シリコンバレーでも、ハードテック/ディープテック系での起業が再び、増えてきているようです。

実際、ディープテック専門VCであるMFV Partnersによると、米国でも、この5年で、ディープテック系スタートアップのエグジットが倍増してきたと言います。

2021年のエグジットではSPACが大きな役割を果たしたが、ディープテックのIPOとM&Aは着実に増加している。グラフはMFV Partners提供。出所: Deep tech exits: Not just science fiction anymore

Deep tech exits: Not just science fiction anymore

労働力不足やサプライチェーンの混乱から、世界的な半導体依存や気候危機への対応競争に至るまで、ディープテック企業は過去10年間、産業や社会が直面する最大の課題を解決する上で不可欠な存在となってきた。こうしたニーズが、この間のエグジットの数と規模を加速させている。10年間の前半(2013~2017年)と後半(2018~2022年)を比較すると、こうしたイグジットが急増していることがわかる。10年の前半には、年間19件のエグジットがあり、エグジットの年間平均額は140億ドルだった。ディープ・テックのエグジットが49件に急増し、年間平均エグジット額が1,030億ドルに達した2018~2022年と比較してみよう。

SPAC(特別買収目的会社)の全盛期である2021年を異常値として除外したとしても、ディープテック企業のエグジット数は年間平均31件、年間平均エグジット額は400億ドルであった。おそらくさらに印象的なのは、ディープテック・ユニコーン(10億ドル)のエグジット数が、2013年から2017年の間は、年間わずか4件だったのに対し、2018年から2022年の間は、年平均26件と550%も急増したことだ。この発見は、ディープテック企業は技術的な準備に取り組むため、初期の成長サイクルはやや遅いかもしれないが、最終的にエグジットする際の評価ポテンシャルはソフトウェア企業と同等か、それ以上であることを示している。

(原文は英語。翻訳は関)

では、どんな分野のディープテック・スタートアップが大型エグジットを成功させているのでしょうか。この記事によると、1位はヘルステックで、この10年で約100社が大型エグジットに成功しています。2位がコンピューターと半導体分野で、3位が交通・モビリティ分野となっています。

ヘルステック、コンピューター、モビリティがディープテック分野のエグジットを牽引してきた。グラフはMFV Partners提供。出所: Deep tech exits: Not just science fiction anymore

上位を占める産業分野では、すでにエグジットのピークがあったことが伺えます。例えば1位のヘルステックのエグジットは、2015年から2020年にかけて、計算生物学分野のスタートアップが相次いでIPOしたことにありますし、2位のコンピューター分野では、最近、相次いで量子コンピューター系のスタートアップが上場しています。

逆に現在は中位を占めている分野の中には、例えば5位のAI分野や6位のセンサー、7位のロボットなど、これからエグジットが増えてきそうです。

M&Aによるエグジットで、事業化ノウハウを持つ人材が次世代スタートアップへ

2021年に起きたSPAC(特別買収目的会社)を介した上場ブームで、ディープテック系スタートアップのエグジットが増えたことと、SPACで上場したスタートアップの多くが、上場後の事業が振るわないために企業価値が低迷していることから、「ディープテック分野は、アメリカでも苦労している」という印象を持つ人が日本では少なくないようです。そのため日本発のディープテック・スタートアップが今後、米国市場で成功していく可能性が見出されているようです。

確かに今後、より多くのディープテック系スタートアップを日本で生み出すのは、ディープテック系スタートアップがユニコーンとして成功していくための必要条件です。ディープテックで創業を狙う起業家にとっては、さまざまな施策が取られている現状は、強い追い風が吹いていると言ってよいでしょう。

しかし、ディープテック系スタートアップを事業的に成長させるためには、ディープテック系スタートアップで事業を成長させる経験を積んだ人材を増やすことと、そうしたスタートアップの「出口」としてのM&Aによるエグジットを増やすことも、同時に不可欠ではないでしょうか(米国ではSPACにより多くのディープテック・スタートアップがエグジットしましたが、日本に適用するのは時期尚早かもしれません。この件は別記事でいずれ)。

そのためには、海外(主に米国)のディープテック系スタートアップの日本進出や、日本企業によるM&Aを促進することが、短期間で必要なリソースを確保するには不可欠ではないかと私は考えます。実際、スタートアップ・エコシステムを成長させるために海外のスタートアップの日本進出を支援するのが近道である、と考えてほぼ20年になりますが、いまだにその考え方は揺らいでいません。


ディープテック系スタートアップの日本進出や提携・M&Aを推進するために、私が現在所属するMonozukuri Venturesでは、2024年1月に「Deep Tech Forum」というイベントを立ち上げます。まず1月中旬に北米で活動を始め、その後、日本など東アジアに展開していきます。詳しくはこちらのページをご覧ください。