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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

半年近く前になりますが「米国で軌道に乗り始めたハードウェアのサービスモデルHaaS、複雑な資金繰りを支援するスタートアップも登場」というブログ記事を執筆し、HaaS(Hardware-as-a-Service)のビジネスモデルを採用したスタートアップの資金調達が、米国で急増している、と書きました。

特に昨今、世界的に注目されている気候テック(地球温暖化対策)や、モビリティ(自動運転車)、フロンティアテック(宇宙など)など、スタートアップが盛んな分野では、ハードウェア製品が必要になることが多いため、HaaS型のビジネスモデルへの期待が高まっています。

HaaSは、SaaS(Software-as-a-Service)のハードウェア版に相当するもので、最初にハードウェアを一括払いで購入して使うのではなく、使った分だけ支払う、という課金モデルです。これはユーザーにとっては、ハードウェアへの初期投資が不要になるので、導入のハードルが下がります。ユーザーにとっては朗報です。

ハードウェアを提供する企業にとっても、売上が継続的に入ってくるようになるので、長期的には事業が安定するという利点があります。

つまり、サービスの提供側と、使う側の双方にメリットがあるものです。

HaaSは10年以上前から存在するビジネスモデルです。

では、なぜ今まで普及しなかったのでしょう?

3つの理由がすぐに思いつきます。

  • サービスの提供側がハードウェアの初期コストを負担し、徐々に回収するモデルのため、新しい事業モデルをいち早く取り入れるスタートアップにとって資金的に難しい
  • 資金的には余裕がある大企業は、従来型のハードウェアの売り切り(+サービス・保守契約)のビジネスモデルに比べて短期的には売上を減らすなど、イノベーションのジレンマが発生し、実現が難しい
  • スタートアップが必要な資金が調達できても、資金の管理が難しく、人的リソースが限られるスタートアップではオペレーションがうまく回せない

ハードウェアを提供するスタートアップは、この結果として、SaaS型スタートアップに比べて、より多くの資金が必要になります。そのため創業チームや初期の投資家へのリターンの期待値が低くなる傾向があり、そのためにハードウェア・スタートアップを避ける投資家も数多く存在します。

HaaS型スタートアップは、さらに必要資金が多くなります。そのため、HaaS型スタートアップは今まで、ほとんど出てこなかったわけです。

多様化する資金調達

最近は「デット・ファイナンス(負債による資金調達)」という言葉がスタートアップの世界でも見られるようになっています。これは、将来の売上などで、負債の返済のメドがついているスタートアップが、株式の希薄化を防ぐため(創業者や社員、投資家などが、株式によるリターンをより大きくするため)、株式ではなく融資などの負債により資金調達をすることです。

日本では、今年5月に、マネーフォワードなどが出資するSDFキャピタルが「スタートアップ・デットファンド」を設立。地銀などが出資しているが、関係者によると「需要が多すぎて、現在のファンドサイズでは追いつかない」という盛況ぶりのようです。

米国で軌道に乗り始めたハードウェアのサービスモデルHaaS、複雑な資金繰りを支援するスタートアップも登場」でも、シリコンバレー銀行が、HaaS型スタートアップに対して、デット・ファイナンスを推進している様子を取り上げました。

株式以外の資金調達を模索するスタートアップ

シリコンバレー銀行がこのような調査をしているのには理由がある。HaaS型のビジネスモデルは、ハードウェアを作るのにかかったコストをすぐに回収できないため、従来型のハードウェア・スタートアップより初期に必要になる資金が大きくなる。そのため株式による資金調達では株式の希薄化が顕著になる。そのため、創業者や初期のVCは、知らず知らずにHaaS型のビジネスモデルを敬遠しがちになる。

シリコンバレー銀行は、いち早くHaaS型のスタートアップに対する融資型の資金提供を始めており、将来が有望なHaaS型のスタートアップを推進するために、このような調査レポートを公開したのだろう。

ただし、株式だけによる資金調達と比べて、融資やリースなど非株式型の資金調達(総称して「Venture Debt」と言われたりする)を組み合わせるのは、高度なファイナンスの知識と経験が必要になる。そのため創業初期のスタートアップは、なかなか手を付けられないのが実情である。一時期、ボストンをベースにするDragon Innovation社(2017年にAvnet社が買収)が、ハードウェア企業の資金繰りを改善するコンサルティング・サービスを提供していた。しかしコンサルティング料が高価なため、サービスを受けるスタートアップが少なく、スタートアップ向けのサービスは止めて、大手向けにピボットしたのは記憶に新しい。

規模が小さいハードウェア・スタートアップでは、少ない資金で、部材の発注や製造の委託などをやりくり必要があるため、資金の管理が難しくなります。そのため、上記の記事にあるように、Dragon Innovationのような外部のプロに、コンサルティングをしてもらうようなニーズがありました。

そのうえ、製品をHaaS型で提供するとなると、製品サイクルや故障率、解約率などに応じたキメ細かい資金管理が必要になります。HaaS型のスタートアップの資金調達とオペレーションを支援するスタートアップ「Perl Street」のTooraj Arvajeh氏は「資金を貸し付けるだけのデット・ファイナンスでは、スタートアップがHaaSのビジネスを回すことは難しい」と指摘します。彼らは「プロジェクト・ファイナンスの仕組みを使って、HaaS事業を切り出す。HaaS事業の事業モデルは、デットで資金を提供する金融機関が理解できる形に見せることでマッチング率を上げる」といいます。



「気候テックのサービス採用を推進するためのプロジェクト・ファイナンス」についてのウェビナー。Perl StreetのArvajeh氏も登壇している


11月末にPerl Street社のブログで、「Can debt financing save ClimateTech hardware startups?」(負債による資金調達は、気候変動対策技術のハードウェア・スタートアップを救えるのか)という記事が公開されました。Perl Street社の許諾を得て、日本語訳を掲載します。