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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

米国では、株式市場の停滞に呼応して、2022年後半以降、ベンチャー投資の停滞が続いています。実は資金調達の現場では、「ダウンラウンド」による企業価値(バリュエーション)の下落だけでなく、さまざまな投資条件が「投資家」フレンドリーに傾いていることが、スタートアップの資金調達・株式まわりをサービスを手がける米Cartaの調査で明らかになりました。

取引条件は、投資家フレンドリーになってきている(2019年〜2022年)。出所: Carta

起業家にとってあまりの馴染みのない条件が、急速に投資家に有利になっているようです。本調査で示されたのは次の3つの条件になります(注: 日本語での用語には自信がありませんので参考訳です…)。


  • Cumulative dividends (累積型配当)

  • Liquidation multiplier (優先残余財産分配の倍率)

  • Participation (参加型優先配当)

各条件については、こちらの記事(スタートアップ投資契約における優先配当権の定め方)などが詳しいので、ここでは説明は割愛します(それだけでこの記事より長くなってしまうため)。基本的には、スタートアップがあまり成功しなかった場合に、投資家が優先的に投資した資金を回収するための条件であるため、自社の成功を疑わない起業家は、資金調達時には気にしないことが多い条件かもしれません。

これらの条件は、私が携わるシード投資では、あまりお目にかかることはありません。このステージでは、資金調達失敗率は約8割と言われており(参考: Dissecting startup failure rates by stage)、多くのスタートアップは分配するような残余財産が残ることが少ないからと思われます。

この中で、シード投資家としての私がタームシート(契約の主要条件をまとめたメモ)で、たまに見ることがあるのが2番目の、優先残余財産分配の倍率が1倍以上のものです。特に、次のラウンドまでのブリッジラウンドで、投資家が出資リスクを埋め合わせるために、条件として提示するケースを見てきました(注: 私のVC歴は6年に満たないので、触れているタームシートそのものの数が少ないことに留意)。

この図を見ると、1倍より大きい優先残余財産分配率が盛り込まれた投資契約は、2021年第2四半期の1.3%を底に増え始めており、2022年第4四半期は6.4%まで増えています。この調査では、この倍率がどのぐらいの数字なのかが分からないため、少しモヤッとします。

この倍率は、私の知っている1990年代後半以降、「強欲」な投資家が、数倍〜10倍というような条件を出していたこともあったようですが、現在は「1倍」が投資家・起業家の双方にとってフェア(公平)な数字としてコンセンサスを得ているようです。

(余談ですが、2002年に参加した投資家とスタートアップのカンファレンスで、優先残余財産分配率に非常に大きな倍率を設定されていたために、そこそこの金額で自分が育てたスタートアップを売却したのに、一銭も得られなかった起業家が、涙ぐみながら語っていたことを、いまだに思い出します)。

悪名高い「参加型」優先配当権

一方「参加型」の優先配当権については、日本で活動している投資家・起業家の方々と、米国で活動している投資家・起業家の方々で、「一般的」と考えられている条件が異なっています。

日本では「参加型」、つまり、まず投資金額を「優先残余財産分配権」で確保し、その上で残った財産を株式のシェアで分配するのが一般的のようです。

一方で米国では「非参加型」、つまり「優先残余財産分配権」で出資元本を確保して、残余は創業者など普通株主の持株比率で配分するのが一般的です(もし売却益が出るような場合は、優先株式を普通株主に転換して分け前に預かります)。

日本では一般的なようですが、米国ではあまり好まれていない条件です。その証拠に、調査のグラフを見ても、2022年になって横ばいになるまで、基本的には右肩下がりのトレンドになっています。

これらの条件以外でも、投資家フレンドリーになっていそうなものとして、投資家がデュー・デリジェンス(DD)にかける時間があるのではないかと思います。以前に比べると、投資家がDDにかける時間は長くなっているように感じます。

もっとも、こちらは「投資家市場」であるだけでなく、FTXなどで指摘された投資家の「お粗末なDD」の反動かもしれませんが(関連記事: VCが出資者に訴えられる!? - 米SECが新しい規制を検討中)。

ひな型契約書の功罪

初めてスタートアップを立ち上げる起業家たちにとって、投資やストックオプションなど株式に関連した契約書や法務は、頭を悩ませる存在でした。
なので投資契約書のひな型(SAFEやKISS)が普及したことは、スタートアップの裾野を広げたこととして特筆するべきことだと個人的には思っています。

一方で、ひな型化・形式化することで、その本質が意味することを理解しないまま利用することが増えるのも事実です。実際、米国のスタートアップに務める従業員の3分の2は「会社は社員が自分のストックオプションの理解を助けるべき」と考えています(ストックオプションを行使するか否かは、オプション制度の理解と、財務情報の把握がカギ? 〜 米国のストックオプション・レポートより)。

ひな型契約書の普及にあわせて、その意味するところの理解を助けるようなサービスも、必要不可欠になっていきそうです。

そして、投資家としての私自身も、起業家と投資家がフェアな関係で新しい事業を創造していけるように、双方が納得できるような投資条件に落とし込んでいけるよう意識して仕事に取り組んでいきたいと思います。