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関 信浩が2002年から書き続けるブログ。ソーシャルメディア黎明期の日本や米国の話題を、元・記者という視点と、スタートアップ企業の経営者というインサイダーの立場を駆使して、さまざまな切り口で執筆しています

前々回の記事である「FabFoundryアクセラレーターをニューヨークで始める理由」でご紹介したように、ニューヨークにあるスタートアップ・アクセラレーターの数は15以下で、シリコンバレーと比べると多くありません。しかしニューヨークで、そのうちの3つを運営しているアクセラレーターがあります。

Techstarsです。

Techstarsは2006年設立の老舗アクセラレーターで、本拠地はコロラド州ボルダーにあります。アクセラレーターとしてはシリコンバレーのY Combinator(すでに800社以上を輩出)がとても有名ですが、Techstarsもすでに500社以上を育てた業界2位のアクセラレーターです。

Techstarsはニューヨークでは、自社運営の「TechStars New York City」に加え、共同ブランドで、もう2つのアクセラレーターを運営しています。デジタルエージェンシーR/GAのアクセラレーターで、コネクテッド・デバイス(いわゆるIoT)に特化した「R/GA Connected Devices Accelerator」と、教育テクノロジーに特化したKaplan社のアクセラレーター「Kaplan EdTech Accelerator」です。

Techstarsは米国と欧州で、自社運営を9か所、共同ブランドで9か所の、合計で実に18か所のアクセラレーターを運営しています。
9 Techstars accelerators
9 Techstars co-branded accelerators

ただTechstarsは例外的で、大多数のアクセラレーターは、1拠点でアクセラレーター・プログラムを運営しています。これはスタートアップ・アクセラレーターや、その前身であるビジネス・インキュベーターの進化や、時代の要請が変化してきたことが影響していると思います。

私の仮説は、スタートアップ・アクセラレーターは、ベテランたちが「家内制手工業」的に手弁当でやっていた時代から、確立されてきた手法でスタートアップを教育することで、一定水準以上の知識まで底上げされたスタートアップを量産する時代に移ってきたのではないか、というものです。

「量産」というと「アクセラレーターはスタートアップの質を重視しているから、その理屈はおかしい」という反論もあると思います。でも教育によって組織の知識の底上げメリットを享受している日本人からすると、そのメリットと必要性を感じる人も多いのではないかと思います。米国でいうと、ビジネススクールにいって経営に必要な知識を「広く浅く」勉強するのに通じるところもあるかもしれません(論文がない修士コースはMBA=経営学修士ぐらいのものだと思います)。

「スタートアップを甘やかし過ぎた」第1世代のインキュベーター

では90年代末に出てきて、ドットコムバブルとともに弾けてしまった感のあるビジネス・インキュベーターは、どうして後世に続かなかったのか? 当時の論評でのうろ覚えとして「インキュベーターが自己資本をスタートアップに投資していたので、二重課税の問題や、ファンドの管理がしにくくなる問題があった」と言われていたように思います。そこで日本のインキュベーターの草分け、ネオテニー社の槇原純会長に昨年末に聞いてみたところ、「ファンドと比べて管理が複雑で二重課税の問題もあったけれど、他のインキュベーターをやっていた人とも色々話してみた結果、なにより様々なリソースを潤沢にスタートアップに提供していたために、スタートアップが危機感を持って事業を発展させるモティベーションを持てなかったからなのではないかと思う」ということでした。確かにスタートアップには、一種の「ハングリー精神」を発揮する場所が必要だというのはうなずけます。

リソースと時間を制限させることが目的達成への近道

その後、代表的なスタートアップ・アクセラレーターであるY Combinatorが米シリコンバレーに登場したのが2005年。アクセラレーターが一世代前のインキュベーターと大きく異なったのが、「厳しい選抜」「決められた在籍期間」「プレッシャー」など、起業家が「ハングリー精神」を発揮するまで追い詰められる、厳しいリソース管理の賜物でしょう。米ピッツバーグで「AlphaLab」や「AlphaLab Gear」など複数のアクセラレーターを運営するInnovation Works社取締役のThomas Emerson氏(Carnegie Mellon大学起業学教授で、自身も三度、起業した会社を上場させた経歴の持ち主)は「リソースを制限することが、スタートアップの成功のカギになる」と指摘します。

「社会に求められる」効率的なスタートアップの生成

Y Combinatorは今もシリコンバレーの拠点は拡大しているものの、複数拠点をもってアクセラレーター事業を拡大はしていません。一方、Y Combinatorに次ぐスタートアップ・アクセラレーターの老舗であるTechStarsは、当初から「スケールする」ことを念頭に事業拡大をしてきているように見えます。

2011年にメンター制を取るスタートアップ・アクセラレーターをネットワーク化するGlobal Accelerator Networkを立ち上げたり、2013年には英ケンブリッジのアクセラレーターSpringboardや、シカゴのアクセラレーターExcelerate Labsを相次いで買収し、2015年にはスタートアップ関連イベントStartup Weekを運営する非営利団体UP Globalを傘下に収めるなど、スタートアップ・エコシステムの整備と規模の拡大を図っています。「(TechStarsは)起業家のアイディア段階からIPO段階までのすべてのステージを支援する」(Techstarsの共同創業者CEOのDavid Cohen氏からTechCrunchへのコメント)。

Techstarsが今後、成功をおさめるかどうかは分かりませんが、経営手法としてアクセラレーターを中核に据えた、スタートアップ・エコシステムの構築と運営は、企業による実現可能なスケーラブルなビジネスであることは疑いがなさそうです。

そういう意味では、徒弟制度のようなイメージがあったスタートアップ・アクセラレーターは、仕組み化されることで、社会に効率的にスタートアップ企業を生み出すことができるビジネスに変貌しつつあると考えます。つまりスタートアップを育成するエコシステムを、持続可能なビジネスとして営利的に運営していくことが可能になったということだと思います。

企業や学校でアクセラレーターがカリキュラム化!?

スタートアップ・アクセラレーターに人材を輩出する主要な組織の一つに大学があります。「ビジネススクール」が大企業に必要なビジネスパーソンを短期育成するカリキュラムであるのに対して、「スタートアップ・アクセラレーター」はスタートアップ(や新規事業)に必要な起業家を短期育成するカリキュラムとして今後、大学や企業といったコミュニティに付加されていくのかもしれません。

企業では、社内で新規事業をするのではなく、同じ分野で活躍する外部のスタートアップに対して戦略的に投資をし、自社の優位性を維持していくコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の考え方が広がりつつあります。CVCの草分けである米Intelや米Cisco Systemsは、早いうちからCVCを立ち上げて積極的にスタートアップへの投資を実施し、成長した企業を買収して事業ドメインを効率的に拡大しています。

Techstarsが運営する共同ブランドのアクセラレーターは、このCVCの考え方をさらに発展させて、スタートアップの立ち上げ数そのものを増やして、出資するスタートアップの母数を増やそうとしていると思います。

FabFoundryアクセラレーターでCVC活動を拡大

ニューヨークでモノづくり企業を集めたスタートアップ・アクセラレーターを立ち上げているFabFoundryも、こうしたCVCの考え方の延長としてのアクセラレーターに興味を持っている企業との連携を強化しています。

現在FabFoundryは資金調達を進めていますが、話をしている投資家としては、エンジェルやVCに加えて、CVCに関心が高い事業会社が含まれています。

今月になり日本のデジタル・ソリューション販売会社であるGENOVA社との間で、正式に資本業務提携を締結しました。GENOVA社ではこれを機にサンフランシスコ事務所につづいてニューヨーク事務所を開設し、今年の秋を予定しているFabFoundry社によるFabCafe NYCのオープンと、2016年春に予定している第1期のアクセラレーター・プログラムを介しての、米国スタートアップとの事業開発をスタートさせる計画です。

スタートアップ・アクセラレーターは、米国や日本などの先進国において、産業の競争力を向上するスタートアップの裾野の拡大および底上げに大きな期待を受けています。地元自治体や産業界からの寄付や、投資のプロによる家内制手工業の時代を経て、アクセラレーターは持続可能なビジネスとして、営利団体が推進するべきビジネスとしてさらに成長する予感がしています。

そんな思いがあって、FabFoundryはモノづくり起業を支援する持続可能なスタートアップ・エコシステムを、まずニューヨークで立ち上げようと日夜、奮闘しております。

つづきます

この記事は、ニューヨークとVC投資・アクセラレーターに関する記事の一つです


Disclosure 注1: Y Combinatorについてはさまざまな書籍が網羅していますが、実際に著者が常駐したルポルタージュものである「Yコンビネーター」(日経BP社刊)は「スタートアップ・アクセラレーター」を知るには手軽な良書だと思います。私は日経BP社から無償提供されたものを読みました

注2: 私は2013年9月よりGENOVA社の非常勤取締役を務めています